Australia-Japan Research Project

オーストラリア戦争記念館の豪日研究プロジェクト
Australian and Japanese attitudes to the war
田村義一の日記 61–90ページ

日記原文
誌上慰問より 四月十二日
こんな南海の果迄はるばる
慰問に来て呉れた君
あらわし江の便りをかかんと
雨上がりの空を見てペンを取り
感謝にむせぶその瞳
こんな地迄わざわざ
本当に懐かしい君の出現に
我心より慕しき
誌上でみる君は又実の
様にうるはしくやさし
思い乱るれど思いとどかじ
君が背に幸を祈りて
我を去らす

君の名は知らず
心の友となし
忘れじ花の香り

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(四月十三日)

雨季の如降りつづきたり細雨に
先発され志戦友偲びなや

ねぐらなき雨に打たれて夜もすがら
守る歩哨の瞳ぬらさん

送られ志祖国の香り唯一つ
君の形見を獨り取出し

戦場に露と散るべき身と知れど
止まぬ小雨に空うらめしく

思いきし敵にも会えず唯うつろ
病療す身が情けなくあり

空元気でも良いからと大声に
返事しつつも身体疲れて

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百姓としては未だ三分都会人としては
本当の一部位しか値なき今日
自己の良心がしみじみ恥かしい
一人前の人として生活にたずさわり
社会人とうぬぼれて来しが
何となくこの世の事とも思えぬ
どんな仕事でも本心から打ち込んで
行けざりし 我は半生不幸なり
情操が何だ 教育が何だ
戦場で思うは唯天道だ
義と愛の世界である
良心に忠実なれ
この言がしみじみと有難く
これから一人前の百姓か又立派に
独立して行ける職工とならん
娯楽を求めるは余力の出来た後
始めて許さるべき事

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雨が降る
雨が降る降る南国の
椰子の梢にジャングルに
細い小糸のたる様に
止むともなしに雨が降る

自分で作ったこの家で
雨に会う度思うのは
故郷の家がなつかしい
瓦の屋根がなつかしい

此處は戦線南海の
果に降る降る五月雨
敵の矢弾丸は恐れねど
日毎の雨はうらめしい

雨宿り虫も一緒で
椰子の陰

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故郷の友へ 四月十二日
栄治さん其の後元気ですか
この頃此方は雨期であるのか
毎日じとじとと降雨です
天幕張りの宿舎の前に皆で
野菜ほしさに播いた菜種が
糸の様に細く伸びて
一番上に葉の小さいのが二枚程
出て来ました
当地では内地の野菜は駄目ですね
兵隊さん一度に落胆してしまいました
内地は今春盛りですね
青々とした田園にれんげも菜種も
花盛りでしょう
今年の春は山に遊び乍ら
鍛錬に行こうと話しつつ
遂に応召から実現出来ず
君一人で山登りしている事であろうと

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想像しています
二月にお祝いするとか申して
居りましたあの件
美しい新嫁さんの名は何と
申しますか お祝いも申し上げず
悪しからず
当地に上陸以来非常に多忙で
遂お便りを上げ得ず
皆様によろしく
珍しいと言えば皆珍しく
又ないと言えば何もない現地
山の好きな君なら大変喜ぶ
だろうと思います
益々元気で仲良くお暮らしの
程お祈り申します
草々

栄治様 義一

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(四月十三日)
遠い海越え山越えて
俺もはるばるやって来た
南十字の星の下
此処は戦線ニューギニア

椰子の梢のゆるる今日
沖の浪音高き夜
銃を取る身を慰めて
ないて呉れるか南国鳥
(夜の虫)
わにの住むよなジャングルに
蛇がはいだす山の谷
いとわずひらひら建設は
明ける亜細亜の鐘のねか

此処は戦線

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日毎訪ずるボーイング
何とこしゃくと高射砲
織り成す夜のセレナーデ
爆弾の洗礼幾度ぞ

今日は雨降り敵もなく
故郷への便りしたためて
思わずもらすのろけこそ
すぎし青春誰が志る

灯りともらん天幕に
夜の歩哨に銃取れば
蛙なき交い蛍とび
南国の夜は更けて行く

以上

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胸痛む病重なり療養す
雨のジャングル物淋しく暮る

雨もりに寝床うつして今日も又
良く降るなあと戦友はつぶやく

黄昏る雨のジャングル蝉なきて
今日も無事かと蚊やをつるらん

訪ね来志戦友に御馳走するんだと
背のう探す情うれしき

洪水に流され来しか蝉の子は
止り木求めくびをあちこち

止みもせぬ雨期のジャングル
床高く立つままくぐる
天幕小屋かな

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友軍機夜を日についで敵空に
翼休める暇なくして

求め行く道こそたかし大和女の
光に照らす宝塚かな

駄作ばかりどんなにかいても
下手ばかりこんな紙損する
事ぞ淋しく

熱ありて床に伏す戦友慰めて
敵を攻め行く心ぞゆかし

四月十四日

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顔そりて子供になり班長に
年を二度聞く天幕小屋にて

飯上げにぬれてかえらん初年兵
我の当地を思い浮かべて

種子播けど太陽照らず唯細く
伸びる野菜に希望空しく

防空壕雨降る度に一ぱいで
何のためやら更に分からず

捨て行き志 戦友の日記を
ひもとけば妻の便りぞ心打つらん

故郷より誌上慰問の人として
立ちし彼への心深くし

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南瓜取り路をちがえて小半日
ジャングル内をじしゃく頼りに

足跡は無数にあれど更にまだ
合わぬ猛獣何處に居るやら

天はれて河水清めど雨上り
丸木のはしを渡り危うし

椰子取りて呑みし想いがつれづれに
鎌持参して今日も出かける

陽に焼けてたくましうなれる
戦友と我が腕撫して
時季を待つらん

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そらはれぬ
幾日ぶりかで星を見る
大木の梢ごしにきらきら光るあの
星が何とはなく懐かしい
山の中に生活して胸突く家に
起居すれば澄みきったあの
大空への憧れも一入か
雨上りの為か浪音も高し
大東南波の来る時の様に
みんなが発ってから一週間
非常に長い期間であった
様な気がする
二度び大命を拝してより
未だ敵とは合えず腕を撫し
無量をかこい
花の四月に

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無量
この土地が故郷より何千里も
はなれて居ると言う事がとても
信じられぬ だけど船で十日も
黒潮をのりこえて来た事と
思い合せれば偽らざる事実
兵隊で来て居るとどんなに遠い
戦地であろうと呑気に
うそぶいて生活している
金も見栄も外聞もない 元気と
義さえ欠けざればそれで立派
仕事のない生活では遊びに
忙しく戦斗では敵を伏すに
懸命 合間は準備で
これで生活の全面である
何の表裏もなく

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陣中のつれづれに拝見したこの歌劇
しみじみと己の浅学が恥ずかしい
第一英字がよめぬ
歌詞をみても情味さえ余り起きず
遠い別の出来事の様にうつる
社会の増が幾千とあるとしたら
やっと芽生えたばかりの雑草にも
等しい現在であろう
一生の生活を通して終生の心境が
如何に変化しようと
学ばんと欲する心は永久に
変らざると信ず
今からでも境遇が許すならば
希望の道に進みたいと思う
親兄弟に不幸をして自己を
生かし得る人間でない所に
又人生の趣旨があるのかも
知れざる

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多感の様でその実何の感情も
分からざる
詩を作るにしても唯三十一文字を
べたべたと並べる意外何の
事もないのに情けなく思う
師もなき獨り道なるが故
一人で学んでひとり嬉ぶ

にわか作りの机の上に草花生けてる
ひげだるま

椰子取りに出で立つ戦友を
見送りて帰りを待つと
笑顔のこさん

天地唯人事を尽して
天命を待つ

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白雲の上をとんでるボーイング
高射砲弾今日も当らず

太陽を北に見ている戦線を
地図にして思う赤道こえを

落葉の音淋しく思う病室に
祖国の秋を偲ぶ戦線

南国の夜を驚かす爆撃に
夢路破れて壕に非難す

夜毎来る故郷の夢は嬉とも
胸さわぐみる便りなくして

食事毎野菜ほしさに作りたり
裏の畑の芽伸びよと願ふ

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太陽は北だ
南はどちらだ 戦友同志五六人
何気なく話しだした
子供の時からの覺えで太陽は
東から出て南を通り西に沈む
誰もがそう信じて居る
こっちだ 太陽は今正午近く
太陽の方を指さす 何だ君は
或る友は「待てよ」と考えて太陽と
反対だ そうだ赤道をこえているのを
何時となく忘れている
赤道をこえて太陽北に見る
何ともない事なれど時とすると
まだ太陽は南とばかり思う
点呼の宮城遥拝も北向き
所変ると全く北が懐かしいとは
皮肉ともなんとも一人おかしい

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退屈だより
蝉しぐれ今日もジャングル明日もジャングル 始めは今頃蝉がないていると
一種懐かしい又季節のはずれの
珍感ありしが毎日雨の日も
夜中迄 時になれるといやな
感がする こうるさい感じだ
四月も半ばすぎる頃この地は
幾分涼しくなり 夜明けには
寒い様な気がする
これから太陽が北回帰に行く
のかも知れない
熱帯の地としては余り暑くない
然るに湿気だけは何でも
かびる程強し
大気中の水分多すぎるのだ
背のうに入れし乾パンも
白くかびて食べられぬ

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毎日同じ食物給与で
すっかりあきれた古参兵何かと
口珍しいものを探すに苦心
あるはずがない現地
土人さえも稀に見るこの山中に
食べ物を心配する方が無理
故郷に出す便りもあきた
出すはがきなく 現品不足
故郷のロマンスを語らう友も
話しあきる 慾のない生活で
何時も食べ物の事ばかり
南国のつれづれに何かないかな

残飯を焼いて食べてる
古参兵

四月十八日

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出征の際思ひつつのこせし
遺書や随筆は
あれは焼くに限る
時々夢をみると變な気がする
戦地に居り乍ら再度の召集を
幾度も受ける
操達に送らる迄は良きが
気がつくがまてよ俺は今
兵隊だ そんな夢と思うと
眠りがさめる
本当の馬鹿馬鹿しい夢
故郷のたよりもありなく
花の四月青葉に呉れるだろう

英霊の入営夢むニューギニア
夢はおかしく戦友に笑わる

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悲報 (四月二十日)
何だ出発するのかこれは残念だな
分隊の人達によろしく
「うんよく言っとくぞ」
田中戦友が班長達と使役帰りに
浜辺で船待つ間こんな会話を
して別れた友が今朝本部より
中隊の古参兵一人来て 昨夕
出発した船がやられた
こんな通報の来た時 何馬鹿な
と思わざるを得なかった
こんなに早く皮肉な運命に
なろうとは思はざり
朝病室より玉井上等兵行く
未だ帰らぬまま 胸さわぐ

後記
悲報確実犠牲九名(四月十九日)

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四月十九日
海の浪の上にぽっかり丸い月が出た
夕闇たそがれて岬の影黒くなり
浪音を子守唄に日中の多忙なる
使役に疲れてか浜辺の
兵舎も静かになった
絶対なる燈管下なる故に
灯りは本当に点々たり
ポンポン蒸気の音二つ三つ
暮れる異郷の港
我々も今日一日使役作業を
終わりて波止場の船着きに休む
休むと言うよりは連絡の不備
より遊んで居たと言おうか
伝令船 この人達をポーラム
岬に送れ 指揮官の言で
やっと船に乗る

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海上はうすぼんやりとけぶる
十五夜だ まるまるの月はうす雲の
中より次第に光を増す
皆んな乗った誰も余り語らず
月の出るを見る 島影黒く
なる岸を進みだした
見る目には差程ゆれなくも
船は木葉の如く左右さる
波にゆられて どどー・どどどー・と
発動機船は進む
沖の汽船を廻り真中に
出た月も雲より出た
急に波が白く輝きだして
美しくなる 山の上雲白く
一点の詩情だ
夏だ 海風が気持ちよく涼しい

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戦場の常として日夜奮斗と言い
月の光にぬれて歸路の船中
誰も故郷の月と変らぬ月を
思いみた事であろう
頭上に星がまばらに輝き出す
地平線は煙りて何もなく
押し寄す浪の音船べりを
打ちたり
久しい海の生活を思い浮かべて
星を見つめていたら何時か
船は目的地に近づいて居た

月光にぬれて作業の兵還る
星影に船ゆられける作業兵
十五夜を戦地で偲ぶ交通船

< 85 >
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基地の夕暮れ
沖の波間に夕日が沈む戦場の
日暮れには静かすぎる様な
夏雲のはしが山の上に出ていた
椰子の木立も黒くなってくる
何処かで夕げの喇叭がなる
波止場に伍々歸り来る小艇
何となく詩情の様にうつろう
一時である 空を覆いて友軍機が
還って来た。四機五機
見事なる編隊で頭上に迫る
夕暮れ迫る基地の上空で
指揮官機が翼を左右に振る
地上に何か合図をしているのか
二回三回振ると編隊をといて
思い思いの方にとぶ
下りるのだ

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一機が雲の方に一機は山の上に
先頭機は低く大きく旋回して
翼を振っているそして一旋して
木陰の基地に降りて行った
他の機は爆撃の疲労を
みせているに正しく自己の準を
待って一回二回と海の上迄
廻って来る 又一機下りた
夕暗迫る頃任務を果たして
我が家に歸る子供の如く
更に元気に見せて順をまつ
皆なが空を見て御苦労さんと
口には出さねど心に誓って
感謝する 若き花形戦士よ
黄昏れる基地に全機無事
着陸して爆音止むと
急にあたりが暗くなった

< 87 >
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黄昏れて友機が還る三機五機
任務果して意気高々と

歸り来る基地夕暮れて静かなり
夏雲浮きて空はればれと

友の悲しき沈みぬ海上

丸呑みに友を盡せし海上は
小波たちて跡かたもなく

波たちて常々変らざる海なれど
友を呑みしと思えばにくし

探ねたれど遂に出でざる戦友の
何處まで行きしか異海の果に

< 88 >
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二、三日前戦友の敵弾に虚しく
散りしこの内海は何時もと
変りなく白い小波が漂っていた
船をはなれたドラム罐が二つ三つ
浮いて居る岬の緑も変らず
波止場の小船も変りなし
されど何と悲しき事ぞ
作業の歸り道分隊勇士に
よろしくと言傳頼んで分かれた
戦友が明くる朝は何處へとも
知れず遂に敵機の為に
うらみを呑んで海底に散る
ああ無念なり
されど詮なし 唯安らかに
眠りて護国の神となれ
今は無き戦友の冥福を
祈りて君の墓所に立つ

< 89 >
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生死を共にと誓いたり戦友今散りて
とどめなく孤独の感に唯一人
別れ志波止場に来てみれば
土人の黒い顔二つちょこんと礼して
微笑みぬ
我は悲しく戦友の名をぞ心に
呼びたれど返す小波その音に
さようならとも交し得ず友の
面影偲れぬ ああ
南海の果の海 ニューギニアの
一端に護国の花と散り果てぬ
功し香り 永久に
眠れ東亜の守神

君の為何が惜しまん若櫻
散って果えある生命なりせば

< 90 >
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Printed on 03/29/2024 07:56:27 AM