感傷 四月二十九日
物(もの)淋(さび)しい何(なん)と感傷的(かんしょうてき)の事(こと)だろう
ふとした事(こと)に遂(つい)物(もの)悲(がな)しくなる
ああ戦場(せんじょう)の常(つね)か
我(われ)の半(はん)生(せい)を思(おも)うとき余(あま)りにも
芽(め)つまれた人(じん)生(せい)故(ゆえ)に情(なさ)けなくなる
信念(しんねん)が何(なん)だ
強く(つよく)なろうとして努力(どりょく)して来た
それなのに何(な)故(ぜ)かしら弱(よわ)い
哀(あい)愁(しゅう)の念(ねん)が去(さ)り難(がた)いのだ
運(うん)命(めい)とあきらめられぬこの身(み)
どうして生(い)きて行(い)こうか
心(しん)命(めい)を大(おお)君(きみ)に捧(ささ)げて来(き)た
この異(い)郷(きょう)に男(おとこ)として女(め)々(め)しい
未(み)練(れん)がましいのか知(し)れぬ
苦(く)悶(もん)の人(じん)生(せい)今(いま)頂(いただ)き生(せい)も死(し)も
紙(かみ)一(ひと)重(え)唯(ただ)神(かみ)の知(し)るのみ
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山の美
頂(いただき)が点(てんてん)々と見(みえ)える白(しろ)い雲(くも)の上(うえ)に
或(あ)る神(しん)秘(ぴ)の世(せ)界(かい)の様(よう)に思(おも)われる
連(れん)山(ざん)の風(ふう)影(えい)だ
あの山(やま)もあの山(やま)もみんな踏(とう)破(は)して
来(き)たと思(おも)うと足(あし)の威(い)大(だい)さに
自(じ)驚(きょう)する 高(こう)度(ど)にしたら差(さ)程(ほど)
高(たか)くはなけども相(そう)当(とう)に急(きゅう)な
坂(さか)の上(のぼ)り下(くだ)りを思(おも)い初(しょ)秋(しゅう)の様(よう)に
芒(すすき)の穂(ほ)なびく高(こう)原(げん)を歩(ある)く
五(ご)月(がつ)だ 異(い)郷(きょう)にありて五(ご)月(がつ)は
秋(あき)なのかも知(し)れぬ
ばななも食(た)べた パパイヤも
辛(しん)苦(く)の山(やま)の行(こう)軍(ぐん)を味(あじわ)い見(み)て
故(こ)郷(きょう)の山(やま)が懐(なつ)かしい
山(やま)々(やま)の美(び) 登(のぼ)る辛(しん)苦(く)の末(すえ)にみる
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糧秣(りょうまつ)輸送(ゆそう)
高(こう)原(げん)の雨(あめ)が晴(は)れた
背(せ)の高(たか)い芒(すすき)が風(かぜ)に揺(ゆ)れて動(うご)く
秋(あき)だ 吹(ふ)き来(く)る涼(りょう)風(ふう)に腹(はら)一(いっ)杯(ぱい)大(たい)気(き)を
吸(す)えば辛(しん)苦(く)の山(やま)路(じ)が非(ひ)常(じょう)に
意(い)義(ぎ)あった様(よう)に思(おも)える
明(あか)石(し)の高(こう)原(げん)に行(い)ってみたいと念(ねん)願(がん)
して其(そ)の実(じつ)現(げん)の様(よう)に心(こころ)澄(す)む
遠(とお)く近(ちか)く浮(うか)ぶ連(れん)山(ざん)に緩(ゆる)やかに
白(しろ)い雲(くも)が流(なが)れて綿(わた)絵(え)のようだ
山(やま)又山(やま) 谷(たに)又谷(たに)の荊(いばら)の道(みち)
この先(さき)々(ざき)の路(みち)を思(おも)うと本(ほん)当(とう)の
山(やま)の真(まこと)に触(ふ)れた様(よう)になる
後(あと)から 後(あと)からと上(のぼ)り来(く)る兵(へい)隊(たい)
任(にん)務(む)は重(おも)し
今(きょう)日で三(さん)昼(ちゅう)夜(や) 山(やま)の旅(たび)も今(いま)
五(いつ)日(か)ある 山(やま)好(ず)き(き)な故(こ)郷(きょう)の友(とも)に
みせてやりたいこの山影だ
二(に)十(じゅっ)分(ぷん)の小(しょう)休(きゅう)止(し)も非(ひ)常(じょう)に
元(げん)気(き)ついて出(しゅっ)発(ぱつ)
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土人(どじん)
早(はや)口(くち)に分(わ)かりかねる言(こと)葉(ば)を言(い)う
兵(へい)隊(たい)さんもその言(こと)葉(ば)を知(し)らんとして
一(いっ)生(しょう)懸(けん)命(めい)だ
ああ そうか 交(こう)換(かん)に来(き)たんだ
小(ちい)さな網(あみ)の袋(ふくろ)にバナナとパパイヤを
二(に)十(じゅう)ばかり入(い)れて兵(へい)隊(たい)の物(もの)と
取(と)りかえに来(き)た彼(かれ)等(ら)
腰(こし)にだけは一(いち)物(もつ)をまとえど 外(ほか)は
何(なに)もない裸(ら)体(たい) 原(げん)始(し)の生(せい)活(かつ)だ
二(に)十(じゅっ)銭(せん)の金(かね)を出(だ)してバナナを二(に)本(ほん)とる
これがニューギニア最初(さいしょ)のバナナの味(あじ)
非常(ひじょう)に甘(あま)い 大(おお)きさも自分(じぶん)の腕(うで)位(ぐらい)
いや それ以(い)上(じょう)ある
全(まった)く大(おお)きい 夢(ゆめ)にはこんな物(もの)が
好(す)き程(ほど)食(た)べられると思(おも)って
来(き)たのに それどころかやっと二(に)本(ほん)
でも現(げん)地(ち)に来(き)てバナナを食(く)う
楽(たの)しみを初(はじ)めて味(あじわ)ふ(う)
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土人(どじん) 五月四日
本当(ほんとう)に裸(はだか)の土人(どじん)をみた時おやと
思(おも)った何(なに)もせず
大(おお)きいのをぶらぶらして頭(あたま)に鶏(にわとり)の
羽(はね)をさして意(い)気(き)揚(よう)々(よう)たり
これ見(み)よとばかりの風(ふう)には驚(おどろ)く
目(もく)的(てき)地(ち)に着(つ)いた夕(ゆう)方(がた) 守(しゅ)備(び)隊(たい)の
兵(へい)舎(しゃ)に体(からだ)を休(やす)めていると土(ど)人(じん)が
四(し) 五(ご)十(じゅう)人(にん)どやどやと裸(はだか)で来(き)た
大(おお)きな網(あみ) 又(また) 藩(ばん)刀(とう)の様(よう)なのをもち
二(に) 三(さん)人(にん)は十(じゅう)字(じ)架(か)を胸(むね)に下(さ)げて
然(しか)もその半(はん)分(ぶん)が丸(まる)はだか 兵(へい)隊(たい)も
珍(めずら)しくてみていると彼らも兵隊を
珍しくてみている
家(いえ)の廻(まわ)りを二(に)度(ど)程(ほど)廻(まわ)って
がやがやと出(で)て行(い)った
前(まえ)に居(い)た兵(へい)隊(たい)に聞(き)いたら
兵(へい)隊(たい)を見(み)に来(き)たのだと言(い)う
土(ど)人(じん)と比(ひ)したら兵(へい)隊(たい)も変(へん)だから
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珍(めずら)しいのかも知(し)れない
バナナを求(もと)めたら山(やま)の中(なか)にはある
然(しか)し現(げん)在(ざい)はないと言(い)う様(よう)だった
言(こと)葉(ば)をもう少(すこ)し分(わ)かる様(よう)になりたい
子(こ)供(ども)達(たち)も支(し)那(な)人(じん)に比(ひ)したら
明(あか)るい 陰(いん)気(き)の点(てん)が少(すこ)しもなく
神(かみ)の子(こ)の様(よう)に純(じゅん)情(じょう)だ
兵(へい)隊(たい)には或(あ)る一(いっ)種(しゅ)に見(み)られるのか
恐(こわ)がりもせぬが余(あま)り日(ひ)がないため
なつかない
大(おと)人(な)は偉(えら)い人(ひと)を良(よ)く知(し)っていて
兵(へい)隊(たい)より将(しょう)校(こう)に品(しな)物(もの)を呉(く)れる
土(ど)人(じん)も中(なか)々(なか)知(し)っているなあ
誰(だれ)もがこんな事(こと)を言(い)う
見(み)かけは非(ひ)常(じょう)におそろしいと
思(おも)った土(ど)人(じん)がやさしく
純(じゅん)情(じょう)なのには心(こころ)うれしい
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月 五月二十二日
月(げっ)光(こう)が椰(や)子(し)の梢(こずえ)に輝(かがや)く
白(しろ)い光(ひかり)にぬれる静(しず)かな中(なか)に
月(げっ)光(こう)が白(しろ)く椰(や)子(し)の梢(こずえ)に照(て)り
輝(かがや)いて美(うつく)しい 虫(むし)がなく
まるで手(て)に取(と)る様(よう)にきこえる
本(ほん)当(とう)に静(しず)かな 静(しず)かな晩(ばん)だ
丸(まる)い月(つき)をみていると故(ふる)郷(さと)の
秋(あき)をみている様(よう)に何(なん)となく
センチ的(てき)になる
南(なん)国(ごく)の夜(よ)は確(たし)かに秋(あき)だ
芒(すすき)がなびく 虫(むし)がなく
名(な)も分(わ)からぬ夜(や)鳥(ちょう)の渡(わた)る羽(は)音(おと)も
何(な)故(ぜ)かしら胸(むね)にしみる様(よう)だ
故(こ)郷(きょう)を発(た)って半(はん)年(とし)
この戦(せん)線(せん)に生(い)きているのが不(ふ)思(し)議(ぎ)の様(よう)だ
こんな晩(ばん)には独(ひと)りで淋(さび)しく
◎ 河(かわ)堤(つつみ)を散(さん)歩(ぽ)した夜(よる)を思(おも)い出(だ)す
◎
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◎
月光
秋(あき)草(くさ)のなびきて静(しず)けし戦(せん)場(じょう)に
夜(や)鳥(ちょう)なきて月(げっ)光(こう)白(しろ)し
◎ だらだら雨
五(ご)月(がつ)雨(あめ)天(てん)幕(と)の中(なか)にもりつづき
土(ど)人(じん)の家(いえ)をうらめしく思(おも)う
◎忘愁
月(つき)照(て)るど想(おも)いとどかじ戦(せん)線(せん)の
故(こ)郷(きょう)の堤(つつみ)思(おも)い出(い)づる夜(よ)
◎ 南方の四季
朝(あさ)は春(はる) 昼(ひる)は真(ま)夏(なつ)で夜(よ)は秋(あき)か
南(なん)国(ごく)の四(し)季(き)日(ひ)毎(ごと)ありける
求めたる人(ひと)も知(し)らずに今(きょ)日(う)も又(また)
:りねの空(そら)に夢(ゆめ)みる君(きみ)を
◎君への詩
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しばらくになりますね
今(いま)頃(ごろ)は僕(ぼく)の事(こと)を忘(わす)れている
だろうと思(おも)う位(くらい)です
あれからすぐ再(ふたた)び應(おう)召(しょう)して
ずっと不(ふ)通(つう)ですね
悪(あ)しからず 其(そ)の後(ご)如(いか)何(が)ですか
みんな元(げん)気(き)で居(い)る事(こと)でしょうね
お子(こ)さんは学(がっ)校(こう)に行(い)きますか
年(とし)も忘(わす)れてしまいます
現地(げんち)は南国(なんごく)の果(はて)にて本当(ほんとう)の藩地(はんち)です
住む(すむ)人(ひと)も稀(まれ)で極(ごく)少数(しょうすう)の土人(どじん)より
外(ほか)居(い)ません
椰子(やし)もバナナも案外(あんがい)に少(すく)なく南(なん)国(ごく)の
名物(めいぶつ)は山(やま)とジャングル位(ぐらい)です
珍(めずら)しいと言(い)えば珍(めずら)しく ないと言(い)えば
何(なに)一(ひと)つない生(せい)活(かつ)です
幸(さいわい)に元(げん)気(き)で奮斗(ふんとう)して居(お)りますれば
皆(みな)様(さま)によろしく
栄(えい)治(じ)様(さま) 芳(よし)一(かず)
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定(さだ)めなき日(ひ)の夜(よ)もすがら
小雨(こさめ)降(ふ)る降る南国(なんごく)に
椰子(やし)の梢(こずえ)にジャングルに
小糸(こいと)のように雨(あめ)が降(ふ)る
土人(どじん)の造(つく)ったこの家(いえ)に
軒(のき)からみえる大空(おおぞら)を
ながめて今日(きょう)も一(ひと)人(り)事(ごと)
北(ほく)支(し)の空(そら)がなつかしい
椰(や)子(し)の梢(こずえ)に露(つゆ)光(ひか)り(り)
月(げっ)光(こう)白(しろ)し南(なん)海(かい)の
夜(よる)を守(まも)るか友(ゆう)軍(ぐん)機(き)
爆(ばく)音(おん)かすか夜(よ)は静(しず)か
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碧(あお)空(ぞら)の残(ざん)月(げつ)淡(あわ)く暁(あかつき)の
爆(ばく)音(おん)しげし南(みなみ)の基(き)地(ち)に
送(おく)り来(き)し病(やまい)の友(とも)はひたすらに
戦(と)友(も)によろしく別(わか)れを惜(お)しむ
豚(ぶた)取(と)りて戦(と)友(も)の食(しょく)膳(ぜん)
賑(にぎ)わんと雨(あめ)降(ふ)る中(なか)を今(きょ)日(う)も
出(い)で立(た)つ
対(たい)空(くう)の監(かん)守(しゅ)に立(た)てる兵(へい)長(ちょう)は
雄(お)々(お)しく立(た)ちぬ戦(と)友(も)にかわりて
恐(おそ)れねど病(やまい)重(かさ)なり頭(あたま)痛(いた)む
鉢(はち)巻(まき)しつつ作(さ)業(ぎょう)をつづく
五月二十五日
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一(いっ)般(ぱん)に元(げん)気(き)なし何(な)故(ぜ)上(うえ)の注(ちゅう)意(い)にも
かかわらず士(し)気(き)低(ひく)きや
作(さ)業(ぎょう)の無(む)理(り)か 栄(えい)養(よう)の不(ふ)足(そく)か
否々(いやいや)面(おも)白(しろ)くないのだ 元(もと)より
軍(ぐん)隊(たい)は面(おも)白(しろ)い所(ところ)でない 然(しか)れども
余(あま)りにも張(はり)合(あ)いのない現(げん)況(きょう)だ
不(ふ)平(へい)不(ふ)満(まん)なき事(こと)が兵(へい)の本(ほん)分(ぶん)
人(ひと)としたら何(なん)の価(か)値(ち)なき人(ひと)が
上(じょう)官(かん)なる故(ゆえ)に威(い)張(ば)る
組(そ)織(しき)の上(うえ)からして全(まった)く矛(む)盾(じゅん)
した事(こと)が当(とう)然(ぜん)とされる所(ところ)に
軍(ぐん)隊(たい)の社(しゃ)会(かい)ばなれした
所(ところ)がある
戦(せん)線(せん)の夕(ゆう)日(ひ)はあかし山(さん)上(じょう)に
白(はく)雲(うん)立(た)ちて蜻(とん)蛉(ぼ)とびかう
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戦友(せんゆう)
遠征(えんせい)の想(おもい)出(で)はるか
いさおしを
秘(ひ)めて戦(と)友(も)の門出(かどで)
かざらん
作業(さぎょう)
建設(けんせつ)の銃音(じゅうおん)
山野(さんや)ゆるがして
平和(へいわ)に還(かえ)る
戦(いくさ)鎮(しず)まる
爆音の止めて
黄昏る南基地
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基地
爆音のやみて基地空
星光る
日焼け
直射光日焼けの勇士
腕を撫す
作業
激労を軍歌に包み
兵還る
作業
一條の忠誠こぞり
厳を破す
愚作
五月二十七日
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日記 五月二十七日
月(げっ)光(こう)が輝(かがや)いていたのにさらさらと
小(こ)雨(さめ)が降(ふ)っていた。
爆(ばく)音(おん)がするのに目(め)覺(ざ)む ああ夜(よ)明(あ)けだ
悪(わる)くない身(から)体(だ)具(ぐ)合(あい)のためか
夜(よる)も眠(ねむ)れる様(よう)になったと安(あん)心(しん)する
中(ちゅう)支(し)のマラリヤに比(ひ)して悪(あく)性(せい)とは
言いながらこの分だと全(ぜん)快(かい)早(はや)し
戦(と)友(も)が皆(み)んな作(さ)業(ぎょう)に出(で)た後(あと)
久(ひさ)しぶりで兵(へい)器(き)の手(て)入(い)れ
兵(へい)隊(たい)さんは何(い)時(つ)迄(まで)も駄(だ)目(め)だ
中(ちゅう)隊(たい)長(ちょう)も入(にゅう)院(いん)
この頃(ごろ)の患(かん)者(じゃ)意(い)外(がい)に多(おお)し
故(ふる)郷(さと)の青(あお)葉(ば)の候(ころ)を思(おも)うと
現(げん)地(ち)の気(き)候(こう)はむしろ下(くだ)り坂(ざか)
幕(ばく)舎(しゃ)も雨(あま)もりして雨(う)期(き)は
一番(いちばん)いやな時(とき)
故郷(ふるさと)の便り(たより)が欲(ほ)しい 誰(だれ)もの
聲(こえ)である 思(おも)い出(だ)して友(とも)に二通(につう)
手紙(てがみ)をかく 完(かん)
< 105 >
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秋訪
南(みなみ)の空(そら)にきらきらと輝く星は
懐(なつ)かしき十(じゅう)字(じ)の光(ひかり)燦然(さんぜん)として
君(きみ)住(す)む国(くに)は天然(てんねん)の恵(めぐ)み豊かに
海辺(うみべ)まで緑(みどり)に包(つつ)む地(ち)平(へい)線(せん)
椰(や)子(し)の梢(こずえ)の揺(ゆ)るる今(きょ)日(う)
波(なみ)音(おと)あらき月(つき)の宵(よい)
想(おも)いとどかじ君(きみ)の背(せ)に
祈(いの)る武(ぶ)運(うん)を誰(だれ)が知(し)る
独(ひと)り淋(さび)しい砂(すな)浜(はま)に
君(きみ)住(す)む島(しま)の果(は)てまでも
つづく海(うな)原(ばら)かもめなら
とんで行(い)きたい南(なん)国(ごく)へ
< 106 >
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椰(や)子(し)の梢(こずえ)がさらさら揺(ゆ)れて居(い)る
秋(あき)だ 遂(つい)近(きん)日(じつ)まで夏(なつ)で急(きゅう)に
訪(おとず)れた中(ちゅう)秋(しゅう)の様(よう)に涼(すず)しい
落(おち)葉(ば)の音(おと)も一(いち)抹(まつ)の哀(あい)愁(しゅう)こぞり
南(なん)国(ごく)の秋(あき)は何(なに)かしら感(かん)傷(しょう)的(てき)だ
掘(ほっ)立(たて)小(ご)屋(や)のこの兵(へい)舎(しゃ)できれいに
輝(かがや)く星(ほし)を見(み)る 又(また)暁(あかつき)の静(しず)けさを
破(やぶ)る爆(ばく)音(おん)も裏(うら)の草(くさ)むらに
なく虫(むし)の音(ね)も部(へ)や内(ない)でする様(よう)だ
虫(むし)がなく故郷(こきょうの)の堤(つつみ)にきいた
懐(なつ)かしい鈴(すず)虫(むし)が訪(おとず)れ来(き)て
昔(むかし)の嬉(うれ)しい歌(うた)をきかす様(よう)に
野(や)鳥(ちょう)の鳴(な)く音(ね)も急(きゅう)に
忙(いそが)しくなった様(よう)に思(おも)う
故(こ)国(こく)の夏(なつ)へと向(むか)うに比(ひ)し
南(みなみ)回(かい)帰(き)のこの島(しま)は秋(あき)へと
走(はし)り行(い)く様(よう)だ
< 107 >
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秋
かさかさと落(おち)葉(ば)ゆらぎて秋(あき)深(ふか)し
空(そら)碧(あお)きて蜻(とん)蛉(ぼ)高(たか)き秋(あき)の暮(くれ)
月(つき)影(かげ)に立(た)てる歩(ほ)哨(しょう)に虫(むし)ぞなく
常夏(とこなつ)に一夜訪(いちやおとず)る秋(あき)の声(こえ)
雨
五月雨(さみだれ)の晴(は)れま嬉(うれし)や蝉(せみ)のこえ
夜毎(よごと)降る(ふる)スコールにくし天幕(てんと)小屋(ごや)
雨(あま)漏(も)りに兵隊(へいたい)みんな丸(まる)くなり
雑詠
退院(たいいん)の戦友(とも)元(げん)気(き)なり話(はなし)もて
交(こう)代(たい)の友(とも)還(かえ)り来(こ)ぬ雨(あま)やどに
病院(びょういん)の生活談(せいかつだん)も耳(みみ)をかし
又(また)来(き)たか敵(てつ)機(き)は高(たか)しうわの空(そら)
爆弾(ばくだん)の洗礼人(せんれいひと)を大(おお)きくし
うるさいと夜襲(やしゅう)の敵(てき)に一(いと)ね入(い)り
< 108 >
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無題 六月一日
『俺(おれ)の(いえ)家(いえ)に来(き)て宿(とまら)んか』そんな馬鹿(ばか)な
もう俺(おれ)の家(いえ)にとまる事(こと)なんだから
親(しん)友(ゆう)二(ふた)人(り)は今(こ)宵(よい)最(さい)後(ご)の別(わか)れを
共(とも)に惜(お)しんで二(ふた)人(り)共(とも)家(いえ)にとめんと
して呉(く)れる
一人(ひとり)の友(とも)の小島(こじま)君(くん)は実家(じっか)であり
一人(ひとり)の友(とも)落合(おちあい)繁(しげる)氏(し)は間(ま)借(が)り人(にん)
だけど友達(ともだち)としてその立(たち)入(い)り浅(あさ)きに
気(き)が合(あ)うと言(い)うか出(しゅっ)征(せい)を心(こころ)から
御(ご)苦(く)労(ろう)に思(おも)って呉(く)れる
『小(こ)島(じま)君(くん)は 母(はは)もね心(しん)配(ぱい)しているんだ
陰(いん)気(ぎ)が悪(わる)い 葬(そう)儀(ぎ)屋(や)に宿(とま)る
なんて兵隊(へいたい)さんの出征(しゅっせい)には死(し)を
招(まね)く様(よう)だと だから俺(おれ)の所(ところ)に来(こ)い」
落(おち)合(あい)君(くん)の小(しょう)用(よう)に行(ゆ)きし後(あと)
言(い)って呉(く)れた
本(ほん)当(とう)に有(あり)難(がた)い友(とも)と母(かあ)さんだ
落(おち)合(あい)君(くん)は最(さい)後(ご)の別(わか)れになる
< 109 >
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かも知(し)れぬ一(いち)夜(や)を共(とも)に添(そい)寝(ね)せんと
::ご(ご)馳(ち)走(そう)を作(つく)りたり 別(わか)れに
ふさわしい品(しな)々(じな)を準(じゅん)備(び)して待(ま)って
いた。自(じ)分(ぶん)としても一(ちょっ)寸(と)迷(まよ)わざるを
得(え)ぬ立(たち)場(ば)になったその時(とき)
死(し)が何(なん)だ男(おとこ)の約(やく)束(そく)だ例(たと)えこのために
別(わか)れになっても友(ゆう)情(じょう)に対(たい)して背(そむ)く
べからずと悟(さと)る事(こと)が出(で)来(き)た
児(こ)島(じま)君(くん) 母(かあ)さんに有(あり)難(がと)うと言(い)ってくれ
俺(おれ)はそんな縁(えん)起(ぎ)を何(なん)とも思(おも)わん
一度(いちど)しか死(し)ねぬ人(じん)生(せい)だ 兵隊(へいたい)でこそ
立派(りっぱ)な戦死(せんし)だと一人(ひとり)の方(ほう)をことわる
朝(あさ)早(はや)く目(め)覺(ざ)めて故(こ)郷(きょう)を発(た)つに
際(さい)し餅(もち)を好(す)きだけ食(た)べ
別(わか)れて来(き)た出(しゅっ)征(せい)当(とう)時(じ)の事(こと)を
懐(なつ)かしく思(おも)い浮(うか)べて興(こう)成(せい)丸(まる)の
遭(そう)難(なん)当(とう)時(じ)の不(ふ)吉(きつ)の夢(ゆめ)をしみじみと
思(おも)い 友(とも)の情(なさ)けうれしく
異(い)郷(きょう)に友(とも)の幸(こう)福(ふく)を祈(いの)る
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出(しゅっ)征(せい)の夢(ゆめ)路(じ)はるかに
親(しん)友(ゆう)の情(なさけ)うれしく思(おも)い出(い)づ
友(とも)の便(たよ)りは着(つ)きねども
無(ぶ)事(じ)で暮(く)らせと幸(さち)祈(いの)る
遠(とお)い海(うみ)こえ山(やま)こえて
祖(そ)国(こく)を守(まも)る戦(せん)線(せん)に
故(こ)郷(きょう)の友(とも)を思(おも)い出(い)づ
別(わか)れの夜(よ)半(わ)の懐(なつ)かしさ
想(おも)いとどかじ南(なん)国(ごく)の
夜(よ)毎(ごと)小(こ)雨(さめ)の降(ふ)る浜(はま)辺(べ)
あらなみ高(たか)き大(たい)洋(よう)の
彼(かな)方(た)に夢(ゆめ)む地(ち)平(へい)線(せん)
白(しろ)いかもめに送(おく)られて
祖(そ)国(こく)の波(は)止(と)場(ば)船(ふな)出(で)した
去(きょ)年(ねん)の夏(なつ)の今(いま)頃(ごろ)を
うれしくしのぶ戦(せん)線(せん)に
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六月二日
万(まん)天(てん)下(か)の星(ほし)が美(うつく)しく輝(かがや)いて
静(しず)かな晩(ばん)だった ね苦しい床(とこ)の中(なか)に
うとうととまどろむ故(ふる)郷(さと)の夢(ゆめ)
南(なん)国(ごく)の星(ほし)はきれいだなあ 北(ほく)支(し)の空(そら)の
様(よう)だと思(おも)う 今(きょ)日(う)も夜(よ)中(なか)に
爆(ばく)音(おん)がする 喇(らっ)叭(ぱ)がなった
又(また)空(くう)襲(しゅう)かと思(おも)っていると頭(ず)上(じょう)を
通(つう)過(か)して行(い)ってしまった
安(あん)心(しん)して眠(ねむ)ろうとした頃(ころ)
二(に)・三(さん)機(き)案(あん)外(がい)低(てい)空(くう)して来(き)た
来(き)たな 誰(だれ)もの感(かん)ずる瞬(しゅん)間(かん)
弾(だん)丸(がん)の落(らっ)下(か)するいみょうな音(おと)がした
椰(や)子(し)の梢(こずえ)をかすめる如(ごと)く思(おも)われた
とたんに があーん があーん と
連(れん)続(ぞく)約(やく)十(じゅう)発(はつ) 宿(しゅく)舎(しゃ)南(なん)方(ぽう)
二(に)百(ひゃく)米(めーとる)付(ふ)近(きん)に落(らっ)下(か)す
敵(てき)も中(なか)々(なか)やるわい 夜(よる)は敵(てき)の
なすまま寝(ね)床(どこ)に送(おく)る空(くう)襲(しゅう)
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感情(かんじょう)(生水事件)六・五
主(しゅ)義(ぎ)に合(あわ)せざる故(ゆえ)に人(ひと)を解(と)かず
何(なに)を以(も)って之(これ)に報(むく)えん
皇(こう)軍(ぐん)の道(どう)義(ぎ)を解(と)く上(じょう)官(かん)に於(おい)て
然(しか)らずや
憲(けん)兵(ぺい)本(ほん)然(ぜん)の軍(ぐん)に於(おい)て表(ひょう)裏(り)を
以(もっ)て人(じん)心(しん)を買(か)わん事(こと)を善(ぜん)と
為(な)す如(ごと)き果(はた)して信(しん)頼(らい)に足(た)るべきや
然(しか)らず否(いな)だ
唯(ただ)軍(ぐん)は天(てん)皇(のう)親卒の元(もと)にあり
上(じょう)官(かん)なるが故(ゆえ)に従すと言(い)えど
甚(はなは)だ哀(あわ)れなり
一(いち)意(い)専(せん)心(しん)上(じょう)官(かん)を信(しん)頼(らい)して行(い)く
べき兵隊(へいたい)さんにありてこれに値(あたい)せざる
為(ため)に不(ふ)幸(こう)あり
如(い)何(か)に感(かん)情(じょう)の動(どう)物(ぶつ)とは言(い)え
個(こ)人(じん)の感(かん)情(じょう)に於(おい)て左(さ)右(ゆう)する如(ごと)き
果(は)たして忠(ちゅう)なりやとうたがわざるを
得(え)ぬなり
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故郷(ふるさと)を遠(とお)くはなれて生死(せいし)を共(とも)に
誓(ちか)う戦(せん)場(じょう)に於(おい)ておや
軍(ぐん)の本義(ほんぎ)を知(し)るが故(ゆえ)に黙々(もくもく)として
動(どう)ずるも心服(しんぷく)は及(およば)ざるべき
一旦地(いったんち)をはぎたる時(とき)彼(かれ)の人(じん)格(かく)更(さら)に
有(あ)るべき我(われ)は今考(いまこう)するに
皇道(こうどう)に恥(は)ぢざれば断(だん)じて
心安(こころやすらか)なり
信(しん)念(ねん)強(つよ)かれと祈(いの)る
勝(か)てば官(かん)軍(ぐん) 負(ま)ければ賊(ぞく)軍(ぐん)
泣(な)く子(こ)と地(じ)頭(とう)に勝(か)たられぬ
無理(むり)も通(とお)れば道(どう)理(り)ひっこむ
善處(ぜんしょ)せよ 男子(だんし)なり
怒(いかり)は悪人(あくにん)足る(たる)べからず
唯(ただ)この事(こと)によりて信念(しんねん)に
隙(すき)を生(しょう)ずる勿(なか)れ
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想(おもい)出(で) 六月五日
昭和十七年七月五日 富士(ふじ)登山(とざん)の感想(かんそう)を
ニューギニア戦線(せんせん)の某地(ぼうち)にて
追憶(ついおく)しつつ 記(しる)す
山(やま)で疲(つか)れるからと車(しゃ)中(ちゅう)で転(うたた)寝(ね)して
いた 急(きゅう)の雑(ざつ)音(おん)に目(め)覺(ざ)めたら客(きゃく)は
どやどやと降(お)り始(はじ)めている
目(もく)的(てき)地(ち)に着(つ)いたのだ 吉(よし)田(だ)驛(えき)の
ホームを出(で)ると急(きゅう)に涼(すず)しくなる
山(やま)に来(き)たのだ 広(ひろ)場(ば)前(まえ)の茶(ちゃ)屋(や)
富士見(ふじみ)やにて登(と)山(ざん)準備(じゅんび)
一行(いっこう)十二名(じゅうにめい) 休日(きゅうじつ)利用(りよう)の楽(たの)しい
旅行(りょこう)である 登山(とざん)杖(つえ)もみんな同(おな)じ
様(よう)なのを幾本(いくほん)もみて求(もと)め
わらじを買(か)う人(ひと) 雨(あま)笠(がさ)を求(もと)める人(ひと)
気(き)の早(はや)い組(くみ)は土(み)産(やげ)を物色する
でも大方一時迄(おおかたいちじまで)に完了(かんりょう)
登山(とざん)に向(むか)ふ(う)
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若(わか)い者(もの)同(どう)志(し)の事(こと)まして真(ま)夜(よ)中(なか)
どっちだどっちだ 大(おお)勢(ぜい)行(い)く方(ほう)が
そうだろうでおかまいなしの元気(げんき)
さすがは名勝(めいしょう)の地(ち)だけに夜中(よなか)でも
茶屋(ちゃや)は起(お)きていた 然(しか)しどの店(みせ)も
がらんとして商(しょう)品(ひん)だけが雑(ざつ)然(ぜん)たり
浅(せん)間(げん)神(じん)社(じゃ)に参(さん)拝(ぱい) お礼(ふだ)を求(もと)む
杖(つえ)に刻(こく)印(いん)をする これは登(と)山(ざん)には
落(らく)伍(ご)しない占(うらな)いとか
この上(うえ)には水(みず)もないとの事(こと)故(ゆえ)充(じゅう)分(ぶん)
呑(の)んだり水(すい)筒(とう)に入(い)れる
用(よう)意(い)の辨(べん)当(とう)をほどいて食(しょく)す
腹(はら)も出(で)来(き)たとばかり元(げん)気(き)旺(おう)盛(せい)
神社(じんじゃ)の裏(うら)で自動車(じどうしゃ)にのる
定員(ていいん)二十五名(にじゅうごめい)の中(なか)に五十人(ごじゅうにん)もつめて
まるですし詰(づ)めこの車(くるま)は新案(しんあん)
手(て)ばなしでもころびません なんて誰(だれ)か
言った(いった)もんだから一度(いちど)に賑(にぎ)やかになる
女(おんな)の人(ひと)は笑(わら)いきれぬ位(くらい)だ
娘(むすめ)さんはうれしいやら悲(かな)しいやら
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一(いち)の茶屋(ちゃや)で下(お)りて歩(ある)く
余(あま)りぎっしりで足(あし)がしびれた為(ため)か
歩(ある)きだしにふらふら
渡辺(わたなべ)君(くん)がおどけて六(ろっ)根(こん)清(しょう)浄(じょう)を
となえたので東(とう)京(きょう)の娘(むすめ)さん
まあ ひょうきんだ事(こと)と大(おお)笑(わら)い
山(やま)を始(はじ)めての連中(れんちゅう)故空元気(ゆえからげんき)
歩(ある)き方(かた)も非常(ひじょう)に早(はや)し
山(やま)は雑(ぞう)木(き)が繁(しげ)りて暗(くら)し
日(に)本(ほん)一(いち)の山(やま)だけに道(みち)は立(りっ)派(ぱ)だ
二(に)の茶屋(ちゃや)をすぎる頃(ころ)高山(こうざん)植物(しょくぶつ)が
ぼつぼつ
卯(う)の花(はな)が白(しろ)く道(みち)端(ばた)に咲(さ)き香(かお)る
始(はじ)め一(いっ)緒(しょ)だった女(おんな)の人(ひと)達(たち)も何時(いつ)か
はぐれて見(み)えざり
夜(よ)も白々(しらじら)と明(あ)け始(はじめ)めたり
背(せ)の木(き)で雷(らい)鳥(ちょう)がないている
馬(うま)返(がえ)しをすぎてどうやら山(やま)らしく
急(きゅう)坂(はん)となる
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見晴しの好い所で朝飯(あさめし)
木(き)の根(ね)、岩(いわ)の根(ね)に腰(こし)かけて包(つつみ)を
ほどく。皆(み)んなのを取(と)りかえて食(しょく)す
通(とお)る人(ひと)達(たち)も笑(わら)い乍(なが)らお早(はよ)うを
かわす。娘さんには「どうですか」
なんて出すもんだから大(おお)笑(わら)い
まだ二合目で さあこれからと
リーダー格(かく)班長(はんちょう)小林(こばやし)さんの言(げん)に
出(しゅっ)発(ぱつ)する 先(せん)頭(とう)は兵(へい)隊(たい)還(かえ)りの
稲橋 落合 鶴見と僕
先(さき)に歩(ある)いては後(あと)の者(もの)を元(げん)気(き)づく
どんどん先(さき)の人(ひと)を追(お)いこすもんだ
から 若(わか)い者(もの)は達(たっ)者(しゃ)だねーと
羨(うらや)ましそう
三(さん)合(ごう)目(め)の上(うえ)で御(ご)来(らい)光(こう) 松(まつ)の間(ま)合(あい)に
さし昇(のぼ)る陽(よう)光(こう)に おお
思(おも)わずもらす感(かん)歎(たん)
山(やま)の陽(ひ)の出(で)は格(かく)別(べつ)なり
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五合目で杖(つえ)に刻(こく)印(いん)す
富士北口五合目(ふじきたぐちごごうめ)と焼印(やきいん)押(お)して
上(のぼ)る この上は全然(ぜんぜん)草木なき見晴(みはらし)
ここで一(いっ)行(こう)記(き)念(ねん)写(しゃ)真(しん)を撮(と)る
頂(いただき)に雪(ゆき)白(しろ)き富(ふ)士(じ)を背(はい)影(えい)に
二列に並ぶ 誰(だれ)も乍(なが)らすまして
おかしい
思(おも)い思(おも)いに撮(と)る人(ひと)々(びと)ありてさあ
これより岩(いわ)道(みち)の入(はい)る
昨夜上り志(し)客人がぼつぼつ
降(お)り来(く)る人(ひと)あり お早(はや)うの
変(かわ)りに御(ご)苦(く)労(ろう)さんをかわす
何時間(なんじかん)で行(い)けますか
まあ五時間(ごじかん)ですね
すぐ頭上(ずじょう)に見(み)えて五(ご)時(じ)間(かん)とは
意外(いがい)に思(おも)へど馴(な)れぬ山(やま)路(みち)
少(すこ)し行(い)った所(ところ)で電柱(でんちゅう)工事(こうじ)を
施(ほどこ)しつつあり
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火(か)山(ざん)灰(ばい)の急(きゅう)坂(はん)をのぼりて
頂(ちょう)上(じょう)に着(つ)きしは正(しょう)午(ご)近(ちか)志(し)
七(しち)月(がつ)五(いつ)日(か)地(ち)上(じょう)に於(おい)ては暑(あつ)さ烈(はげ)しきに
毛(け)糸(いと)の下(した)着(ぎ)を着(き)てまだ寒(さむ)し
土産物(みやげもの)を商(あきな)う店(みせ)の前(まえ)に日向(ひなた)
何(なに)のみえもなくごろごろと
うたたねしたり
途中(とちゅう)で合(あ)いし子供(こども)がのぼって来(き)た
子供(こども)でさえこの頂(ちょう)上(じょう)を征(せい)服(ふく)す
意思(いし)の強(つよ)さに感(かん)す
頂上(ちょうじょう)で噴火口(ふんかこう)をみる死火山(しかざん)
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