Australian War Memorial - AJRP
   
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田村義一の日記 31–60ページ

日記原文
点々と小雪ののこれる山合に
一、二、訓練 志ある兵を見て
何處ぞと思えば豊橋なりき
名古屋の金の鯱を右にみて
車外の影に目疲れた頃競馬場
ありて三々五々帰り来る
若人より手を振る
下関近くなりて浜の松一層
美を添えたり
海女の万歳もうれしく
海の景色を楽(たの)しむ

前出征の上越線に比して
東海道は稍おとりたり
心ともならず雪の新潟の方が
懐かしきは時代の差
前は各驛の送り盛大なるに
今回は更に送り人なし

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下関に着いて波止場にて休む
暇もなく上船す
桟橋上にて受けし婦人会の
湯茶も祖国の名残り
唱度丸七千屯近くの船に
ゆられて釜山に着く
船中車中の疲労からか大部分の
船酔いが出て無中なり

白いかもめに送られ志
祖国の港 想い出に
明日は散り行く若櫻
祖国の楯と咲いて散る

再び還る気はせねど
立ちし故郷が何故こいし
軍人じゃと言うたとて
花も身もある大和魂

< 32 >
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朝鮮
はげ山多き朝鮮の大気は
乾燥して風もなし
ぼろぼろを着た子供達が
自作らしいスケート板で遊んで
居るのも異郷に来た感
一尺か二尺の板に歯をつけ
その上にのり腰を下して
船を漕ぐ様にして遊ぶ
中々馴れた動作に興味あり
其處の沼 ここの川も全く凍りて
車中では計りかねる寒さを
思わせる
大邱で久しぶりで味噌汁を
食べたり 北鮮に思へし
ポプラ並木 しだれ柳
たたき洗濯に余念なき主婦
四年前の初年兵の頃を
懐かしく思い浮かべたり

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やがて暮れ行く山あいに何日前に
降りしか粉雪白し
所々鉄道工事を施し後
以後の通路に重大性あると
認む 旅の疲れ暮れ行く
朝鮮の山々を眺めて旅愁
そぞろなり
夕刻六時車中にて注射
これで四回目だ
まだまだ多い接種を思い
旅の思いはつきぬ

征く我に車窓の影は肌寒し
散り行く花の別れも知らずに

水枯れし北鮮の山河珍しく
語らう友の心ぞ如何に

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巨馬河
果てしなき広野 見渡す限りの
大平原に残雪の如き点々と
して白き雲
如何にも呑気そうに放牛の群れ
驢馬の背に荷をのせて腕組し
とぼとぼと歩む万人
皆大陸的の表影だ
奉天を過ぎて一時間
汽車は一路西北進して居る
行けども行けども見渡す限り
大平野だ なだらな稜線に
黒豚が野放しに遊ぶ
軍人の汽車の旅でなかったら
本当に呑気な旅であろう

守備隊のトーチカ白志
子は丸志

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夕日は赤志
果しなき草原に今赤々と
夕日は沈む 夕日の赤い満州と
丁度唄の文句の様だ
見渡す限りの草原は
一種砂漠の様だ
広い河 鉄橋の傍にトーチカの
破れて有刺の鉄条網のみ
面影を止め 労苦の跡歴然たり
こんなにも広き土地が
何故未開のままなるやと
不思議な位だ 沈み行く夕日
明日の希望を追う様に
万人の馬車が子供を乗せて
急ぐ暮れ行く満州の広野を

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三月二十四日
侍従武官来る
聖旨 令旨を下達

三月二十五日
大平連隊長帰任
内地に向かう
奥田部隊長来る

四月八日
部隊の移転 残留 ・・・・

憲兵伍長 外谷芳広
憲兵少尉 粟津四郎

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故郷を偲びて汽車の旅
応召後大陸の風影を
楽しみつつこの地に参り
三年前の支那とは總てに
於いて変わるのに驚きました
朝鮮を縦断 満州 奉天と
廻りましたが 零下
三十五度と言ふのに始めて
体験しわずか五分内外で
目の痛むのには驚きました。
北支の広野は一物もなく
見渡す限り大平原
乾燥しているためか雪余りなく
唯汽車の窓のみ厚氷
しばしこの当地に別れ又
南方に行きてより

< 38 >
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ぽちり ぽちりと不気味に
梢枯が落ちる 丁度野猫の
鳴く様な夜鳥が鳴く
ポタリ ポタリと木の実がおちる
一寸先も分からぬジャングルの中に
歩哨の立って深夜の一人立は
戦線なれ志我々でも一寸
どくとくな感じ

夜のジャングル歩哨に立てば
野猫がなくよなものすごさ
敵に恐れぬ兵隊達も
蛇やわにには手段なし

連絡の途たえはてて唯一つ
自力に敵を攻撃せんとす

< 39 >
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四月十一日
静かなる夜の大気を突いて
かすかに爆音がする 今頃
何時頃だろうと おぼろに目覚む
不寝番が空襲とどなった
その中敵機は頭上に迫り
照空燈が光だした
高射砲がどかん どかんと撃ち出し
夜の特種の音楽が始まった
南国特有の雨季の様な細い雨が
しとしとと降ってジャングルの中は
葉音と共に相当降って居る如く
見受けられるに敵もさる者
飛んで来て爆撃す
一際爆音の高くなりその次に
天地をゆるがす轟音
どかん どかんと連続音がした
ああ やって居る

< 40 >
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眠られぬ夜を機のなすままに
床の中に居た
友軍の砲も重機もどんどん
打ち出したけどさっぱり
感じぬらしく敵は二回 三回
回旋して来り爆弾を
投下志たり
どかんと炸裂する度に地が
振れる 天がぱっと明るくなる
相当に近い距離だ
防空壕の中に入る気もせず
大空を眺めて居ると機と味方の
撃ち出す弾が蛍光してまるで
尺玉花火の様に美しい
どんなに地上砲火が激しくも
一度も当たらざるが頼りなく
機の乱歩ははげしき

< 41 >
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空襲は上陸以来幾度
又来たかと思う位なるも
こんなにあざやかに来られると何と
しても敵が心にくい
敵が頭上を通る度 来るか
落ちるかと思えど誰もねたまく
呑気すぎる兵隊さんに心から
無量なり
夜はほのぼのと明け始めて
始めてほっとする
損害も分らず起床の聲
今日も無事なるを祝う

内地の人は実に幸福だと信ず
何の不安もなく枕を高くして寝て
国力の偉大をしみじみと
兵は明日の守りにつく

< 42 >
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故郷を出てから幾月ぞ
我の便りの着きしか否や
家の便りは更になし
生きて還ると思ねど何故か
しらない淋しさは
兵の心にしみとおる

ドラム缶風呂に変わりて
ひげだるま今日も
浮いてる南国の夕

散り行き志 戦友は知らずや
我が故郷の送りし信り
よみ得ずして

< 43 >
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機上より撃ち出す弾丸の
美しさ地上の送り花火にもにて

はるばると攻め来し異郷
ニューギニア わにが笑って
椰子の実を割る

ジャングルの住み人知らず
青瓜の二つ実りて
あぼらや空し

命に生き軽き命と思へども
無駄に死せんや大君の楯

四月十一日 病にて残留

< 44 >
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炎天に汗だくだくの兵は
唯黙々と飛行場を作りぬ

日々に進み行く行く工事場へ
副官今日も巡視来りぬ

波際に汗をぬぐいて腰下ろし
便り来ぬかと沖をながめる

椰子の可希ゆるる梢に
極楽鳥ないてほのぼの
夜は明けにける

空襲も度重ねると来ぬ日には
何と待たるる作業休みに

蝉なけど木の葉散り行き
秋らしく若芽を見れば
春を想わん

< 45 >
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四月十一日
太陽が西から出るかと思う程
ジャングルの中方位分からず

猫の子のなくかとまがう森蔭に
見馴れぬ鳥の友を呼ぶらん

蚊やり火に立ちのぼり行く
細煙り夕暮迫る幕舎生活

波音を子守唄ともききなれて
住めば都の天幕生活

兵隊となりぬる故にかく迄も
強く雄雄しい人となり得る

或る人の希望を問えば限りなく
食べたき物は饅頭なりとゆふ

< 46 >
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何がほしいときかれても之と
此れだという事の出来る人が
何人あるかと思ふ現況だ
これもあれもほしいものばかり
で区別がつかんからだ
それ程人間ばなれした
生活に甘えているのだ
故郷の便りも彼への手紙も
みんな切なき胸の中

幼子の玩具の様な
ものにほしさ
総てがほしい人里はなれし

< 47 >
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木の実 四月十一日
『一つ食べて見い』無造作に出された
木の実 戦友がにこにこと
さもおいしそうに食っているので
何の気食ったこの味
ほう実にうまいね 故郷の栗と
一様だと支那語と日本語で
まぜて言ふ
南方に来れば来たなりで何かしら
通じる物があるわい
今迄知らぬが佛で目の前に
ごろごろと散っていた木の実が
こんなに良き味とは知るよしもがな
表の肉を食ふて腹の毒とか
中止していたけど又煮て食べると
何とも言えぬ味にほうばる
間食によいぞ
退屈しのぎに三人五人手を出して
戦友の実を貰いたり

< 48 >
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実拾いに余念なき戦友
笑いたり
一つ出されて我も拾えり

南方の暑さにぼけて
この頃の兵の顔まで
土人に似て来る

ジャングルに住める我等の
日課時は夜が長くて
昼がみじかき

魚住めど取る術もなき
山奥に馴れる程々
残飯をやる
以上

四月十一日

< 49 >
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四月十一日
此處は戦線南方の
守備の任又重ければ
つくす忠義も亦赤し
椰子の梢にジャングルに

故郷はなれて何千里
ここは南海ニューギニア
敵と対して早や三月
住めるジャングル我が里か

敵機の来るが毎日と
なると案外気にならず
又も来たかと空仰ぐ
兵のきもたも底しれぬ

明日は前進その次は
めざす大敵打ちまくり
くにの手柄にしたいぞと
話にはずむ五年兵

< 50 >
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戦友を除いてその外は
住める人とて更になき
未開の地をば進み行く
我は先進歩兵隊

元より君にささげし身
何の未練があるものか
赤い花咲く南海に
散って実るぞ本懐だ

支那できたえしこの身体
こんな暑さが何のその
戦友は張きる戦線に
にっこり笑って発って行く

大東亜戦終るまで
この地でやって行くんだと
ひげの勇士のたのもしさ
我は南海派遣軍

< 51 >
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四月十二日
毎日定まった様に夜になると
しだしだと女のすすりなく様に
小雨が降る
ジャングルに雨季が来た陰の下も
一米五0もあると火を炊かないと
じめじめして気持悪るし
四月だ 内地の春を想い出すのに
上陸以来同じ気候
むしろ寒くなった様な感がする
相変わらずこうるさく蝉はなけども
一向に晴れそうもなく実に
うっとうしい天候だ
内地は良いな 誰もの実感だ
病に気くさらして同室二十人
みんなだるそうにねころんで
思いつらつら
雨の小窓に

< 52 >
----------

汽車雑談
毛があると無しと争う戦友の
語りもおかし男夜遊び

姑娘を見れば話はそればかり
若き兵士の心懐し

想い出をロマンスらしく語らいて
旅のつれづれ時を送らん

照り映えし広野は白し
万人の子等見送りに
旅は進まん

この汽車の旅で一番痛切に
感じたのは地図なりき
必要品として後に注意

< 53 >
----------

天津 一、十八日
天津に着いたのが午後四時半
ここで夕食を摂る ここは北支の
大都市らしくホームも相当大きい
支那名物花売り娘が美しい
赤黄の花籠を抱いて混雑の
客の合間を歩く
きれいな支那服も懐かしく
思い出されて唯聲のきけざるは
残念 北京より来りし車に
傷病兵が居た 日赤の正装も
りりしく 懐かしい白衣の天使
五人六人窓より顔出して
我等を見送る
車中の退屈に本をほしがるに
金が通用せぬので駄目
唯窓より見る天津の驛
日本人の進出相当多くどの
町も同邦を見る
加給品 羊羹 たばこ

< 54 >
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出陣 一月十九日
厳寒の北支は今乾燥期だ
少しの風にも目もあけられぬ
砂煙りだ 陽光の当る方は
割合に暖きも日陰の方は
非常にしんしんと肌にしみる
昨日の夜おそく現地に着いて
何もかも夢中に出発準備
あれが足りぬこれは不要と
隊の勇士に教えられる
歴戦の勇士も二度の応召で
すっかり面食らう形
お蔭で気忙しき姿なり
出陣式におもむく
今日もからりと晴れて雨期
なし 風弱くして
春日和宿営の地を出発
して式場に向ふ

< 55 >
----------

西の部落東の町 南から北から
濛々たる土煙り何事かと
あやしみたり
折からの西風に煙の出現
見る見る増えて十幾つ
これ皆今日の出陣式に列する
我が兵隊の行進 集合の路
道なき広野を縦断 横断して
集い来りたり
○ 千有余よくぞ国力整いたり
駒のいななき車の音
大日章旗の元に集う若者
砂煙りに中にりょうりょうたる
らっぱの音と共に我等の軍旗
陽光まぶしき北支の広野に
さんぜんと輝き進み来る
男児の本懐 軍旗の元に
我死せん健児は五千

< 56 >
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部隊長の号令 軍旗を拝し
はるか東の天宮城を伏し拝む
海行かば水く屍
山行かば草むす屍 大君の
足しびきのラッパの厳かに
ひしひしと胸に廻りぬ
安らかなれ我が祖国
大君の御楯となりていざ行かん
訓示終わりて分隊の長さ
堂々と 堂々と歩武
我等は強し
明くる日北支の民に送られて
勇躍征途に上る
荷を運ぶ馬車の群れ
いそいそと送る皇軍の
威歩はるかに
行き渡りて
日支の精は相結びたり

< 57 >
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広野の月 一月十八日
見渡す限りの平野に夕日が
落ちて星が二つ三つ輝きだした
暮れた広野は物淋しく
汽車の雑音のみ頭にのこる
月が出る ああ 月が出た
月は今ほのぼのと上り始めて
周囲がだんだん明るくなる
堤の上を走る汽車の窓に
故郷と変わらぬ月を見て皆が
窓にもたれて望郷の念さりがたし
地平線の彼方がかすんでいる
橋のそばのトーチカにも歩哨なく
いかめしい鉄条網ばかり
月が出て明るい北支の野を
北に南に目的地は近し
母の見送り月に似て
慈愛ここまでとどきけるかも

< 58 >
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敵潜 二月十九日
基地を出て二時間遠く去り行く
懐かしい島影を見て思い思い
甲板上で納涼していた
潜水艦と言ふ聲が突然した
配置に就けのラッパがなる
水平達が右に左に走る
唯みんなが笑っているので何事と
思ってみていると急に船がぐっと
ゆれた曲したのだ
何気なく海面を見ると
白く細い雷跡をのこして
二本三本魚雷が行く
ものすごい速さだ
しゅしゅ と白く進む魚雷
波にゆれてぽんと浮かぶと又
進む 一番船と二番船の
中を間一髪の差で抜けた
船がさけ得られたのだ

< 59 >
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哨戒中の飛行機が敵潜を見つけたのか
急降下 爆弾を投下
白い水煙りと共に大きな爆音がした
護衛の駆逐艦が右に急行した
陸軍救命具を着け
電聲かんが響く 船内が急に
どやどやして部屋内にかけこむ
今迄 兎角のんびりしていたけど
急に緊張した様になる
これから少しすると皆『ふかの餌』
になると思い出す
幸いに発見早きを得た為無事
基地の見ゆるこんな地で敵潜を
見て全く海の戦争のむずかしさを
しみじみと思う
敵潜一隻撃沈 海の兵者は
以後も相変わらず元気なり

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