誌上慰問より 四月十二日
こんな南海の果迄はるばる
慰問に来て呉れた君
あらわし江の便りをかかんと
雨上がりの空を見てペンを取り
感謝にむせぶその瞳
こんな地迄わざわざ
本当に懐かしい君の出現に
我心より慕しき
誌上でみる君は又実の
様にうるはしくやさし
思い乱るれど思いとどかじ
君が背に幸を祈りて
我を去らす
君の名は知らず
心の友となし
忘れじ花の香り
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(四月十三日)
雨季の如降りつづきたり細雨に
先発され志戦友偲びなや
ねぐらなき雨に打たれて夜もすがら
守る歩哨の瞳ぬらさん
送られ志祖国の香り唯一つ
君の形見を獨り取出し
戦場に露と散るべき身と知れど
止まぬ小雨に空うらめしく
思いきし敵にも会えず唯うつろ
病療す身が情けなくあり
空元気でも良いからと大声に
返事しつつも身体疲れて
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百姓としては未だ三分都会人としては
本当の一部位しか値なき今日
自己の良心がしみじみ恥かしい
一人前の人として生活にたずさわり
社会人とうぬぼれて来しが
何となくこの世の事とも思えぬ
どんな仕事でも本心から打ち込んで
行けざりし 我は半生不幸なり
情操が何だ 教育が何だ
戦場で思うは唯天道だ
義と愛の世界である
良心に忠実なれ
この言がしみじみと有難く
これから一人前の百姓か又立派に
独立して行ける職工とならん
娯楽を求めるは余力の出来た後
始めて許さるべき事
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雨が降る
雨が降る降る南国の
椰子の梢にジャングルに
細い小糸のたる様に
止むともなしに雨が降る
自分で作ったこの家で
雨に会う度思うのは
故郷の家がなつかしい
瓦の屋根がなつかしい
此處は戦線南海の
果に降る降る五月雨
敵の矢弾丸は恐れねど
日毎の雨はうらめしい
雨宿り虫も一緒で
椰子の陰
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故郷の友へ 四月十二日
栄治さん其の後元気ですか
この頃此方は雨期であるのか
毎日じとじとと降雨です
天幕張りの宿舎の前に皆で
野菜ほしさに播いた菜種が
糸の様に細く伸びて
一番上に葉の小さいのが二枚程
出て来ました
当地では内地の野菜は駄目ですね
兵隊さん一度に落胆してしまいました
内地は今春盛りですね
青々とした田園にれんげも菜種も
花盛りでしょう
今年の春は山に遊び乍ら
鍛錬に行こうと話しつつ
遂に応召から実現出来ず
君一人で山登りしている事であろうと
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想像しています
二月にお祝いするとか申して
居りましたあの件
美しい新嫁さんの名は何と
申しますか お祝いも申し上げず
悪しからず
当地に上陸以来非常に多忙で
遂お便りを上げ得ず
皆様によろしく
珍しいと言えば皆珍しく
又ないと言えば何もない現地
山の好きな君なら大変喜ぶ
だろうと思います
益々元気で仲良くお暮らしの
程お祈り申します
草々
栄治様 義一 拝
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(四月十三日)
遠い海越え山越えて
俺もはるばるやって来た
南十字の星の下
此処は戦線ニューギニア
椰子の梢のゆるる今日
沖の浪音高き夜
銃を取る身を慰めて
ないて呉れるか南国鳥
(夜の虫)
わにの住むよなジャングルに
蛇がはいだす山の谷
いとわずひらひら建設は
明ける亜細亜の鐘のねか
此処は戦線
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日毎訪ずるボーイング
何とこしゃくと高射砲
織り成す夜のセレナーデ
爆弾の洗礼幾度ぞ
今日は雨降り敵もなく
故郷への便りしたためて
思わずもらすのろけこそ
すぎし青春誰が志る
灯りともらん天幕に
夜の歩哨に銃取れば
蛙なき交い蛍とび
南国の夜は更けて行く
以上
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胸痛む病重なり療養す
雨のジャングル物淋しく暮る
雨もりに寝床うつして今日も又
良く降るなあと戦友はつぶやく
黄昏る雨のジャングル蝉なきて
今日も無事かと蚊やをつるらん
訪ね来志戦友に御馳走するんだと
背のう探す情うれしき
洪水に流され来しか蝉の子は
止り木求めくびをあちこち
止みもせぬ雨期のジャングル
床高く立つままくぐる
天幕小屋かな
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友軍機夜を日についで敵空に
翼休める暇なくして
求め行く道こそたかし大和女の
光に照らす宝塚かな
駄作ばかりどんなにかいても
下手ばかりこんな紙損する
事ぞ淋しく
熱ありて床に伏す戦友慰めて
敵を攻め行く心ぞゆかし
四月十四日
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顔そりて子供になり班長に
年を二度聞く天幕小屋にて
飯上げにぬれてかえらん初年兵
我の当地を思い浮かべて
種子播けど太陽照らず唯細く
伸びる野菜に希望空しく
防空壕雨降る度に一ぱいで
何のためやら更に分からず
捨て行き志 戦友の日記を
ひもとけば妻の便りぞ心打つらん
故郷より誌上慰問の人として
立ちし彼への心深くし
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南瓜取り路をちがえて小半日
ジャングル内をじしゃく頼りに
足跡は無数にあれど更にまだ
合わぬ猛獣何處に居るやら
天はれて河水清めど雨上り
丸木のはしを渡り危うし
椰子取りて呑みし想いがつれづれに
鎌持参して今日も出かける
陽に焼けてたくましうなれる
戦友と我が腕撫して
時季を待つらん
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そらはれぬ
幾日ぶりかで星を見る
大木の梢ごしにきらきら光るあの
星が何とはなく懐かしい
山の中に生活して胸突く家に
起居すれば澄みきったあの
大空への憧れも一入か
雨上りの為か浪音も高し
大東南波の来る時の様に
みんなが発ってから一週間
非常に長い期間であった
様な気がする
二度び大命を拝してより
未だ敵とは合えず腕を撫し
無量をかこい
花の四月に
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無量
この土地が故郷より何千里も
はなれて居ると言う事がとても
信じられぬ だけど船で十日も
黒潮をのりこえて来た事と
思い合せれば偽らざる事実
兵隊で来て居るとどんなに遠い
戦地であろうと呑気に
うそぶいて生活している
金も見栄も外聞もない 元気と
義さえ欠けざればそれで立派
仕事のない生活では遊びに
忙しく戦斗では敵を伏すに
懸命 合間は準備で
これで生活の全面である
何の表裏もなく
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陣中のつれづれに拝見したこの歌劇
しみじみと己の浅学が恥ずかしい
第一英字がよめぬ
歌詞をみても情味さえ余り起きず
遠い別の出来事の様にうつる
社会の増が幾千とあるとしたら
やっと芽生えたばかりの雑草にも
等しい現在であろう
一生の生活を通して終生の心境が
如何に変化しようと
学ばんと欲する心は永久に
変らざると信ず
今からでも境遇が許すならば
希望の道に進みたいと思う
親兄弟に不幸をして自己を
生かし得る人間でない所に
又人生の趣旨があるのかも
知れざる
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多感の様でその実何の感情も
分からざる
詩を作るにしても唯三十一文字を
べたべたと並べる意外何の
事もないのに情けなく思う
師もなき獨り道なるが故
一人で学んでひとり嬉ぶ
にわか作りの机の上に草花生けてる
ひげだるま
椰子取りに出で立つ戦友を
見送りて帰りを待つと
笑顔のこさん
天地唯人事を尽して
天命を待つ
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白雲の上をとんでるボーイング
高射砲弾今日も当らず
太陽を北に見ている戦線を
地図にして思う赤道こえを
落葉の音淋しく思う病室に
祖国の秋を偲ぶ戦線
南国の夜を驚かす爆撃に
夢路破れて壕に非難す
夜毎来る故郷の夢は嬉とも
胸さわぐみる便りなくして
食事毎野菜ほしさに作りたり
裏の畑の芽伸びよと願ふ
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太陽は北だ
君 南はどちらだ 戦友同志五六人
何気なく話しだした
子供の時からの覺えで太陽は
東から出て南を通り西に沈む
誰もがそう信じて居る
こっちだ 太陽は今正午近く
太陽の方を指さす 何だ君は
或る友は「待てよ」と考えて太陽と
反対だ そうだ赤道をこえているのを
何時となく忘れている
赤道をこえて太陽北に見る
何ともない事なれど時とすると
まだ太陽は南とばかり思う
点呼の宮城遥拝も北向き
所変ると全く北が懐かしいとは
皮肉ともなんとも一人おかしい
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退屈だより
蝉しぐれ今日もジャングル明日もジャングル 始めは今頃蝉がないていると
一種懐かしい又季節のはずれの
珍感ありしが毎日雨の日も
夜中迄 時になれるといやな
感がする こうるさい感じだ
四月も半ばすぎる頃この地は
幾分涼しくなり 夜明けには
寒い様な気がする
これから太陽が北回帰に行く
のかも知れない
熱帯の地としては余り暑くない
然るに湿気だけは何でも
かびる程強し
大気中の水分多すぎるのだ
背のうに入れし乾パンも
白くかびて食べられぬ
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毎日同じ食物給与で
すっかりあきれた古参兵何かと
口珍しいものを探すに苦心
あるはずがない現地
土人さえも稀に見るこの山中に
食べ物を心配する方が無理
故郷に出す便りもあきた
出すはがきなく 現品不足
故郷のロマンスを語らう友も
話しあきる 慾のない生活で
何時も食べ物の事ばかり
南国のつれづれに何かないかな
残飯を焼いて食べてる
古参兵
四月十八日
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夢
出征の際思ひつつのこせし
遺書や随筆は
あれは焼くに限る
時々夢をみると變な気がする
戦地に居り乍ら再度の召集を
幾度も受ける
操達に送らる迄は良きが
気がつくがまてよ俺は今
兵隊だ そんな夢と思うと
眠りがさめる
本当の馬鹿馬鹿しい夢
故郷のたよりもありなく
花の四月青葉に呉れるだろう
英霊の入営夢むニューギニア
夢はおかしく戦友に笑わる
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悲報 (四月二十日)
何だ出発するのかこれは残念だな
分隊の人達によろしく
「うんよく言っとくぞ」
田中戦友が班長達と使役帰りに
浜辺で船待つ間こんな会話を
して別れた友が今朝本部より
中隊の古参兵一人来て 昨夕
出発した船がやられた
こんな通報の来た時 何馬鹿な
と思わざるを得なかった
こんなに早く皮肉な運命に
なろうとは思はざり
朝病室より玉井上等兵行く
未だ帰らぬまま 胸さわぐ
後記
悲報確実犠牲九名(四月十九日)
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四月十九日
海の浪の上にぽっかり丸い月が出た
夕闇たそがれて岬の影黒くなり
浪音を子守唄に日中の多忙なる
使役に疲れてか浜辺の
兵舎も静かになった
絶対なる燈管下なる故に
灯りは本当に点々たり
ポンポン蒸気の音二つ三つ
暮れる異郷の港
我々も今日一日使役作業を
終わりて波止場の船着きに休む
休むと言うよりは連絡の不備
より遊んで居たと言おうか
伝令船 この人達をポーラム
岬に送れ 指揮官の言で
やっと船に乗る
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海上はうすぼんやりとけぶる
十五夜だ まるまるの月はうす雲の
中より次第に光を増す
皆んな乗った誰も余り語らず
月の出るを見る 島影黒く
なる岸を進みだした
見る目には差程ゆれなくも
船は木葉の如く左右さる
波にゆられて どどー・どどどー・と
発動機船は進む
沖の汽船を廻り真中に
出た月も雲より出た
急に波が白く輝きだして
美しくなる 山の上雲白く
一点の詩情だ
夏だ 海風が気持ちよく涼しい
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戦場の常として日夜奮斗と言い
月の光にぬれて歸路の船中
誰も故郷の月と変らぬ月を
思いみた事であろう
頭上に星がまばらに輝き出す
地平線は煙りて何もなく
押し寄す浪の音船べりを
打ちたり
久しい海の生活を思い浮かべて
星を見つめていたら何時か
船は目的地に近づいて居た
月光にぬれて作業の兵還る
星影に船ゆられける作業兵
十五夜を戦地で偲ぶ交通船
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基地の夕暮れ
沖の波間に夕日が沈む戦場の
日暮れには静かすぎる様な
夏雲のはしが山の上に出ていた
椰子の木立も黒くなってくる
何処かで夕げの喇叭がなる
波止場に伍々歸り来る小艇
何となく詩情の様にうつろう
一時である 空を覆いて友軍機が
還って来た。四機五機
見事なる編隊で頭上に迫る
夕暮れ迫る基地の上空で
指揮官機が翼を左右に振る
地上に何か合図をしているのか
二回三回振ると編隊をといて
思い思いの方にとぶ
下りるのだ
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一機が雲の方に一機は山の上に
先頭機は低く大きく旋回して
翼を振っているそして一旋して
木陰の基地に降りて行った
他の機は爆撃の疲労を
みせているに正しく自己の準を
待って一回二回と海の上迄
廻って来る 又一機下りた
夕暗迫る頃任務を果たして
我が家に歸る子供の如く
更に元気に見せて順をまつ
皆なが空を見て御苦労さんと
口には出さねど心に誓って
感謝する 若き花形戦士よ
黄昏れる基地に全機無事
着陸して爆音止むと
急にあたりが暗くなった
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黄昏れて友機が還る三機五機
任務果して意気高々と
歸り来る基地夕暮れて静かなり
夏雲浮きて空はればれと
友の悲しき沈みぬ海上
丸呑みに友を盡せし海上は
小波たちて跡かたもなく
波たちて常々変らざる海なれど
友を呑みしと思えばにくし
探ねたれど遂に出でざる戦友の
何處まで行きしか異海の果に
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二、三日前戦友の敵弾に虚しく
散りしこの内海は何時もと
変りなく白い小波が漂っていた
船をはなれたドラム罐が二つ三つ
浮いて居る岬の緑も変らず
波止場の小船も変りなし
されど何と悲しき事ぞ
作業の歸り道分隊勇士に
よろしくと言傳頼んで分かれた
戦友が明くる朝は何處へとも
知れず遂に敵機の為に
うらみを呑んで海底に散る
ああ無念なり
されど詮なし 唯安らかに
眠りて護国の神となれ
今は無き戦友の冥福を
祈りて君の墓所に立つ
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生死を共にと誓いたり戦友今散りて
とどめなく孤独の感に唯一人
別れ志波止場に来てみれば
土人の黒い顔二つちょこんと礼して
微笑みぬ
我は悲しく戦友の名をぞ心に
呼びたれど返す小波その音に
さようならとも交し得ず友の
面影偲れぬ ああ
南海の果の海 ニューギニアの
一端に護国の花と散り果てぬ
功し香り 永久に
眠れ東亜の守神
君の為何が惜しまん若櫻
散って果えある生命なりせば
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