Australia-Japan Research Project

オーストラリア戦争記念館の豪日研究プロジェクト
Australian and Japanese attitudes to the war
田村義一の日記 121–143ページ

日記原文
社会の闘争心が戦陣の余暇
少女の友をみ::見て非常に
強く意識された
上流生活者の内部をみると或る
一種の反感をみ 又生活の向上を
計る 人生を思えば心躍る
子を貧より育てて立派なる
人を成し得た立志傳
ああ我は何故こんな悲惨なる
運命なりやと嘆く
人と生れて智なき為様々の障害を
切り開き得ず落伍したり
我を親がもっと向上さすべく
導いて呉れたらもっともっと
何とかなっていたろう
兵隊に来てしみじみ人の
階級に心す 我はもし生還を
みたならば必ずやるぞ

< 121 >
----------

全生命を子孫に打ち込んで必ず
我の二の舞を踏まざる様
自分で思いつつ遂悲憤やる方
なく敗れた人生の過去を
しみじみと思って発奮を誓う
神の子として生きる時
我の天運又強きならん

生きよう生きようとして努力して
遂その甲斐なくここに記す
運命と言えば終わりだ
人生はこれから強くなれ
天命を奉じて男なれ

ニューギニア ウエワク
六月十三日 午後

< 122 >
----------

陛下の臣として戦場に散る
男子の本懐之に過ぎず
七度護国の鬼と化して
皇城を守らん
生前の不幸を許せ
諸兄の武運を祈る

人生の限りを畫し精魂
今ぞ滅びんとす
我が魂は永久に此地に留まり
御国の盾とならん
願くば共に進まん大東亜
完遂まで

< 123 >
----------

久しぶりで心にしみる保養をした
部隊より回覧されし富士を
拝見してあきたらぬ心を慰む
暑い船中でよみさしの御盾
幾度よんでも心沸く
帝国の臣として事に天皇に
歸一し給うこの精神
総てがこの為に訓練して行かれる
一瞬の隙もなく張りきって
自己の希望に劬進できる幸
人と生れてこれ程の幸があろうか
全精神を打ち込んだこの道に
何のわだかまりが存じよう
我は羨む 江田島の精神
伝統の精華
大いに他山の石とせざるべからず
社会人としての範ならずや

< 124 >
----------

六月二十二日
中隊長に怒られた。事は作業後の
疲れと頭痛のため床に伏し居たり
隊長殿が兵舎の前を通り
誰かが 敬礼と呼んだ
その時起きざるによる
『診謎を受け』隊長の命だ
然れども自己として余り大した
事もなく思い連休の長い
事を思い命に背きたり
後刻中隊長殿によばれ
何故診断を受けんかと始り
精神の至らざると怒りを受く
自己の病は偽りならざるも
事がいかん 何故
欠礼だ 敬礼を欠けば
兵の責 重し

< 125 >
----------

利己主義だ 影日向ありと
良心に恥じざる現在と言えど
隊長の言で今迄の自分が或は
主線と副線とに精神を分ければ
やや副線の方が伸びすぎると
思った 全生命を天皇に捧げて
奉公の精神に欠けざるも
ともすれば或一種のちがいあり
生命をいらん人間だから
これが悪かった 生命をいらねば
何をしても良いのではない
如何に立派にこの生命を役
立てるかに存する事を遂
おろそかにしていた。
利己主義だ ああ そうかも
知れない 何をもってこの言に
めざめざるや

< 126 >
----------

利己主義とは何ぞ
公益優先を分かるかと ああ
我はこの時悲しかった
これ程我を見下しているのかと
今迄少なくも公のために益せんと
苦労して来のが何のためか
計りかねる
人が敬礼と呼びしに起きざる
この心 この心がずるいのだ
確かにそうだ この点はもっと
もっと怒って呉れても我は
何のうらみなし
この一点によりて死を
皇国のために死をおそるる
人と言われたるは悲し
恥だ 人としてこれ以上の恥なし
現在迄の自己を反省して

< 127 >
----------

死を恐れたりと思う事が
少なきも言に抗なし
この言に当てはまる様な
行動を戦場の巷に取る勿れ
必ずこの言を取り消す様な
働きをして隊長にまみ得ん
その時こそ我の心を知らす
べき絶好の機会
その時迄 その時迄
この恥を この恥をそそぐ訓練
怠るべからず
ああ 人一瞬にして砕ける
今後この言葉を取り消す
ために一生を費やすかも知れん
自己の心が信じられなくなった
何のための忠なりや
自操なりや ああ

< 128 >
----------

人生の運命として必ず一死あり
これの活用をおろそか故に大和
魂にもどる 死は万人恐れ
ざるも この死を運用如何が
大和魂ぞ
隊長の言は我の迷いをさます
我を向上心なきと思う處
何故なりや
昼夜悶え居る この向上心
これが或いは滅私より上に出て
主線をこえていたのかも知れぬ
軍隊だ 一時もこの精神を
忘れて悪なき所に心の
主眼あり 心すべき
隊長は私を捨てよと
古い言葉だけど主柱なり
主線は主線だ

< 129 >
----------

蔭のある人とならざる為に
この点は現在とても表より裏の
方が心にあると思う位だから
蔭は少なきと信ず
軍人なり この精神に於て
動作の余り大きな点を
心すべき事と信ず
隊長の言は我の心を知るや
知らずや 大いに血となる處多し
現在に忠実なれ
この点に生命あり

唯生ありて個人となりたる時
主線と共に育てられたる社会の
構想を大いに伸ばせば
満点ならずや

< 130 >
----------

下駄作り商売人も
舌をまく

俄書生が下駄はいて
軍服姿かたにつき居り

雪雨あり故祭の夜を夢に見て
そぞろ思いは故郷へとぶ

民安かれと祈るこそ
我が世を守れ伊勢大神

支部報を待つ間もどかし
こたつ灯に今日のニュースを
かげできき居り

< 131 >
----------

還る
無念無想唯懸命の上進
自己の責を果して還る故山の影
はるけき南海に使して幾とせ
今ぞ帰る勇士の笑顔

思いみし故山ぞ總て夢ならず
船路もどかし兵今還る

凱旋の歌きく如く大洋に
一路奮進故郷は近い

想出を胸に秘めてか黙々と
雨降る中を軍歌ぞひびく

戦場の香り遥かな髯にみる
南方焼けの姿りりしく

兵還る嬉し涙や
故山の地

< 132 >
----------

中央高く爆煙黒し地軸を
ゆるがす轟音唯ならぬ音響に
誰もが心なくした
空爆 八月十八日
前々後々 戦場の余暇必勝の
信念::摩必須の訓練と生ず
とばかり銃剣術の最中である
ダダダーンと機銃の音がした
飛行機の演習だろう位に思って
ふと上空を見れば敵ノースアメリカン
が真黒い姿をそのまま三機我等の
上に押しかぶさる様に機銃掃射と
共に呈していた
ああ 思った瞬間身を伏せた
心憎い敵機の襲撃である
散兵壕の上をパシパシと木の葉が
散る ビンビンと不気味の爆音
をのこして ごー と頭上を去る
あたりが急にしんとした様に思える
この敵の行動である

< 133 >
----------

敵機の去った後 誰も顔を見合す
いやー 敵もさる者だね
妙な感心ぶりである 唯幸に一名も
負傷せざるは天佑なり 敵機の
襲撃は前後五六回位毎日
つづいた 二日目の時余りにもこしゃく
にとんで来るので軽機で撃ってやった
だけど何と平然としてとびさるには
及ばざる機械力だ
歩兵は中々辛い 地と空では戦いに
ならん
敵味方色別するもいとまなき
銃撃ありて心にくくも

火達磨となりて落ち来る
敵戦の機銃は戦友を道連れとする

防空壕思わぬ時に役に立つ

< 134 >
----------

戦争は人間を何處迄も強く
する あらゆる困苦をしのぎ
生命に対する危惧も物欲も
総てが唯天の知る所なり
何がなくとも平然として笑って
戦って行ける民族の性を
益々伸長して聖者の心境
たらしむ
皇国の信念に生き天皇陛下
の為に死す事こそ我等の願う
悠久の大義に生くるものである
戦線半歳有余の生活は
文化人の想像し得ざる様な
生活にもかかわらす我等は
唯なければ無いで通ずる心境を
体得し不自由とせざる所
確かに人生の最大の収穫なり
(八月二九日)

< 135 >
----------

思い出の夢みし春や
何處なり 運命:::
人生の隙 又長々と:::

::

行く行く春の名残なる
花咲く野辺の夕まぐれ
二人で語った想い出を
遠い戦地で夢にみる

< 136 >
----------

慰文を視る
若草燃ゆる陽春の希望に
躍る頃 それは年中で特に嬉しい
そして楽しい時候であろう
八年間暖かい愛情にそして智と
徳を教え導かれて来た学びの
庭に別るその頃 我等の時も
今も尚つづく戦乱
あの卒業当時書いた慰問文
幼稚な中に精一杯に書いた
当時が懐かしく蘇る
卒業を旬日にしてかえて呉れた
学生の慰問綴方をよみて
小学生の頃が何となく懐かしい
我等の教師たりし先生は
今も尚母校にあり
我を忘れず

< 137 >
----------

九月一日
南方戦線の果に先生の便り
どんなに嬉しく読んだ事か
状況も最悪で思う万分の一しか
しらす事しか出来ぬ
我等の想像もせぬ未知の
世界文化の崇り
そしてその競争だ
生きて再び母校にまみいる
時ぞあるや
銃後の様を思い浮かべて
何一つない戦陣の余暇を
楽しむ
想い出に故郷の様ぞ文にみる
我戦線に今銃を取る

< 138 >
----------

第十中隊八名
和田道男
安部幸雄
人志
田中林次朗
真野只夫
福田友一郎
松本仙太郎
小松一郎
以上

小川文夫 松島國一
玉井菊次郎
篠原
蓮沼源吉
川島光三郎

< 139 >
----------

飛行場作業
赤とんぼ糞する度に地軸ゆれ
陽炎燃えて焼く如き砂地今日も
視界晴れ 朝からぢりぢりと
照りつく四周二里程もある
大きな飛行場だ 毎日毎日作業は
つづく 突然ブザーがなる
作業を止めてみんなが防空壕にとぶ
然し呑気なもんだ 読みかけの雑誌
をもったり 小刀で何か細工をして
いるもの 予期した者が来たように
思い思いのいたずらをしつつ退避する
爆音が頭上に迫る ああ 来た来た
監視兵が言う 壕の中に入る
ざあーと砂の流れる様な音をして
爆弾が降る がーん がーん
五つ六つ ぐらぐらと地がゆれる
指でふさいだ耳がいたい 防空壁が
くずれて来る

< 140 >
----------

爆音がとおのくと一緒にみんなが
防空壕を出て近所をきょろきょろと
見廻す 友軍の損害をみると
皆無 安心して又何事もなかった
様にラッパの号音と共に作業に
かかる 終日に多い日は三度四度
毎日こんな事を繰り返している中
友機の勇ましい強い翼が降下する
様になった ああ我等の任務は
成功した それと共に又更に
新しい任務に向って前進する
暑さも敵機も何のその黙々と

南海の空護りける若鷲の
巣立つをみれば心嬉しき

銃壁の護りゆるがし南海に
友機の基地は更にたのもし

< 141 >
----------

海上にて
今宵も静かな海上に月光さいて
小波がきらきらと輝いている
そよ吹く風に椰子の梢がゆれる
夕立雲がはるか水平線にもくもくと
伸びている 海は静かだ これが
日米のしのぎをけずる決戦場
南海の果とは中々信じられぬ様だ
月が出ている海原である
ああ今日は思い出も深き十二月八日
二年前の今月今夜 我等一億同志
米英の非望を破砕せんと決然と
立ち上がった永久に記念すべき日
通信にて警戒を厳にすべしと
来る岩に打ち寄す波音もはるか
に遠く雷明も鋭い神経に見のがさじと心眼をみはるこの遠い戦線に何の慰みもなく唯黙々と銃を取る
この海の彼方に懐かしい故郷がある
恋しい友が居る

< 142 >
----------

唯それは思いにすぎず目前には
八つ裂きしたとて飽きたらぬ米英が
けなげにも上陸せんとしているが
目が痛む程に海上をにらんで立つ
来るかャンキー 覚悟を前に何
恐るる事なきも何故かしら胸踊る
友軍の糧秣輸送の大発がごとごとと
行く ああ 状況は楽だと幾分
安心す。早出征以来一年
明けくれに暑いこの南海も夜は
涼しい様に思う。歩哨の前に
わにが泳いで来たり 一日中敵機の
前にさらされても守りは堅し
今宵も無事か 島の鶏がなく
夜明けの近きを知らす。一人の友は安心
したのか、ああと背伸びをする。交代の歩哨が来た。何となく自分の責任を果し得た様に心が軽くなる
戦場の生活はこうして一日一日と
送られて行く

< 143 >
----------


Printed on 11/25/2024 08:19:14 AM