Australia-Japan Research Project

オーストラリア戦争記念館の豪日研究プロジェクト
Australian and Japanese attitudes to the war
田村義一の日記 121–143ページ

ふりがな付き日記文
社会(しゃかい)の闘争(とうそう)心(しん)が戦陣(せんじん)の余暇(よか)
少女の友をみ::見て非常に
強く意識された
上流(じょうりゅう)生活者(せいかつしゃ)の内部(ないぶ)をみると或(あ)る
一種(いっしゅ)の反感(はんかん)をみ 又(また)生活(せいかつ)の向上(こうじょう)を
計(はか)る 人(じん)生(せい)を思(おも)えば心(こころ)躍(おど)る
子(こ)を貧(ひん)より育(そだ)てて立(りっ)派(ぱ)なる
人(ひと)を成(な)し得(え)た立(りつ)志(し)傳(でん)
ああ我(われ)は何故(なぜ)こんな悲惨(ひさん)なる
運(うん)命(めい)なりやと嘆(なげ)く
人(ひと)と生(うま)れて智(ち)なき為(ため)様(さま)々(ざま)の障(しょう)害(がい)を
切(き)り開(ひら)き得(え)ず落(らく)伍(ご)したり
我(われ)を親(おや)がもっと向上(こうじょう)さすべく
導(みちび)いて呉(く)れたらもっともっと
何(なん)とかなっていたろう
兵(へい)隊(たい)に来(き)てしみじみ人の
階級(かいきゅう)に心(こころ)す 我はもし生還(せいかん)を
みたならば必ずやるぞ

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全(ぜん)生(せい)命(めい)を子(し)孫(そん)に打(う)ち込(こ)んで必(かなら)ず
我(われ)の二(に)の(の)舞(まい)を踏(ふ)まざる様(よう)
自(じ)分(ぶん)で思(おも)いつつ遂(つい)悲(ひ)憤(ふん)やる方(かた)
なく敗(やぶ)れた人(じん)生(せい)の過(か)去(こ)を
しみじみと思って発(はっ)奮(ぷん)を誓(ちか)う
神の子として生きる時
我(われ)の天(てん)運(うん)又(また)強(つよ)きならん

生(い)きよう生(い)きようとして努(ど)力(りょく)して
遂(つい)その甲(か)斐(い)なくここに記(しる)す
運(うん)命(めい)と言(い)えば終(お)わりだ
人(じん)生(せい)はこれから強(つよ)くなれ
天(てん)命(めい)を奉(ほう)じて男(おとこ)なれ

ニューギニア ウエワク
六月十三日 午後

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陛(へい)下(か)の臣(たみ)として戦(せん)場(じょう)に散(ち)る
男(だん)子(し)の本(ほん)懐(かい)之(これ)に過(す)ぎず
七(なな)度(たび)護(ご)国(こく)の鬼(おに)と化(か)して
皇(こう)城(じょう)を守(まも)らん
生(せい)前(ぜん)の不(ふ)幸(こう)を許(ゆる)せ
諸(しょ)兄(けい)の武(ぶ)運(うん)を祈(いの)る

人(じん)生(せい)の限(かぎ)りを畫(くつ)し精(せい)魂(こん)
今(こん)ぞ滅(ほろ)びんとす
我(わ)が魂(たましい)は永(えい)久(きゅう)に此(この)地(ち)に留(とど)まり
御(おん)国(こく)の盾(たて)とならん
願(ねがわ)くば共(とも)に進(すす)まん大(だい)東(とう)亜(あ)
完(かん)遂(すい)まで

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久(ひさ)しぶりで心(こころ)にしみる保(ほ)養(よう)をした
部(ぶ)隊(たい)より回(かい)覧(らん)されし富(ふ)士(じ)を
拝(はい)見(けん)してあきたらぬ心(こころ)を慰(なぐさ)む
暑(あつ)い船(せん)中(ちゅう)でよみさしの御(おん)盾(たて)
幾(いく)度(ど)よんでも心(こころ)沸(わ)く
帝(てい)国(こく)の臣(たみ)として事(こと)に天皇(てんのう)に
歸(き)一(いち)し給(たま)うこの精(せい)神(しん)
総(すべ)てがこの為(ため)に訓(くん)練(れん)して行(い)かれる
一(いっ)瞬(しゅん)の隙(すき)もなく張(は)りきって
自己(じこ)の希望(きぼう)に劬進(くしん)できる幸(さち)
人(ひと)と生(うま)れてこれ程(ほど)の幸(さち)があろうか
全精神(ぜんせいしん)を打ち込んだこの道に
何のわだかまりが存じよう
我(われ)は羨(うらや)む 江(え)田(た)島(じま)の精(せい)神(しん)
伝統(でんとう)の精(せい)華(か)
大(おお)いに他(た)山(ざん)の石(いし)とせざるべからず
社会人としての範(はん)ならずや

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諌(いましめ) 六月二十二日
中(ちゅう)隊(たい)長(ちょう)に怒(おこ)られた。事(こと)は作(さ)業(ぎょう)後(ご)の
疲(つか)れと頭(ず)痛(つう)のため床(とこ)に伏(ふ)し居(い)たり
隊長(たいちょう)殿(どの)が兵舎(へいしゃ)の前(まえ)を通(とお)り
誰(だれ)かが 敬(けい)礼(れい)と呼(よ)んだ
その時(とき)起(お)きざるによる
『診(しん)謎(めい)を受け』隊長の命だ
然(しか)れども自(じ)己(こ)として余(あま)り大(たい)した
事(こと)もなく思(おも)い連(れん)休(きゅう)の長(なが)い
事(こと)を思(おも)い命(めい)に背(そむ)きたり
後(ご)刻(こく)中隊長(たいちょうどの)殿(どの)によばれ
何(な)故(ぜ)診(しん)断(だん)を受(う)けんかと始(はじま)り
精(せい)神(しん)の至(いた)らざると怒(いか)りを受(う)く
自(じ)己(こ)の病(やまい)は偽(いつわ)りならざるも
事(こと)がいかん 何(な)故(ぜ)
欠(けつ)礼(れい)だ 敬(けい)礼(れい)を欠(か)けば
兵(へい)の責(せき) 重(おも)し

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利(り)己(こ)主(しゅ)義(ぎ)だ 影(かげ)日(ひ)向(なた)ありと
良(りょう)心(しん)に恥(は)じざる現(げん)在(ざい)と言(い)えど
隊(たい)長(ちょう)の言(げん)で今(いま)迄(まで)の自(じ)分(ぶん)が或(あるい)は
主(しゅ)線(せん)と副(ふく)線(せん)とに精(せい)神(しん)を分(わ)ければ
やや副線(ふくせん)の方(ほう)が伸(の)びすぎると
思った 全(ぜん)生(せい)命(めい)を天(てん)皇(のう)に捧(ささ)げて
奉(ほう)公(こう)の精(せい)神(しん)に欠(か)けざるも
ともすれば或(ある)一種(いっしゅ)のちがいあり
生命(いのち)をいらん人間(にんげん)だから
これが悪(わる)かった 生(いの)命(ち)をいらねば
何をしても良いのではない
如(い)何(か)に立(りっ)派(ぱ)にこの生(いの)命(ち)を役(やく)
立てるかに存(そん)する事(こと)を遂(つい)
おろそかにしていた。
利(り)己(こ)主(しゅ)義(ぎ)だ ああ そうかも
知(し)れない 何(なに)をもってこの言(げん)に
めざめざるや

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利(り)己(こ)主(しゅ)義(ぎ)とは何(なん)ぞ
公(こう)益(えき)優(ゆう)先(せん)を分(わ)かるかと ああ
我(われ)はこの時(とき)悲(かな)しかった
これ程(ほど)我(われ)を見(み)下(くだ)しているのかと
今(いま)迄(まで)少(すく)なくも公のために益せんと
苦(く)労(ろう)して来(きた)のが何(なん)のためか
計(はか)りかねる
人(ひと)が敬(けい)礼(れい)と呼(よ)びしに起(お)きざる
この心(こころ) この心(こころ)がずるいのだ
確(たし)かにそうだ この点(てん)はもっと
もっと怒(おこ)って呉(く)れても我(われ)は
何(なん)のうらみなし
唯(ただ) この一(いち)点(てん)によりて死(し)を
皇(こう)国(こく)のために死(し)をおそるる
人(ひと)と言(い)われたるは悲(かな)し
恥(はじ)だ 人(ひと)としてこれ以(い)上(じょう)の恥(はじ)なし
現(げん)在(ざい)迄(まで)の自己(じこ)を反(はん)省(せい)して

< 127 >
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死(し)を恐(おそ)れたりと思(おも)う事(こと)が
少(すく)なきも言(げん)に抗なし
唯(ただ) この言(げん)に当(あ)てはまる様(よう)な
行(こう)動(どう)を戦(せん)場(じょう)の巷(ちまた)に取(と)る勿(なか)れ
必(かなら)ずこの言(げん)を取(と)り消(け)す様(よう)な
働(はたら)きをして隊(たい)長(ちょう)にまみ得(え)ん
その時(とき)こそ我(われ)の心(こころ)を知(し)らす
べき絶(ぜっ)好(こう)の機(き)会(かい)
その時(とき)迄(まで) その時迄
この恥(はじ)を この恥(はじ)をそそぐ訓(くん)練(れん)
怠(おこた)るべからず
ああ 人(ひと)一(いっ)瞬(しゅん)にして砕(くだ)ける
今(こん)後(ご)この言(こと)葉(ば)を取(と)り消(け)す
ために一(いっ)生(しょう)を費(つい)やすかも知(し)れん
自(じ)己(こ)の心(こころ)が信(しん)じられなくなった
何(なん)のための忠(ちゅう)なりや
自(じ)操(そう)なりや ああ

< 128 >
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人(じん)生(せい)の運(うん)命(めい)として必(かなら)ず一(いっ)死(し)あり
これの活(かつ)用(よう)をおろそか故(ゆえ)に大(やま)和(と)
魂(だましい)にもどる 死(し)は万(ばん)人(にん)恐(おそ)れ
ざるも この死(し)を運(うん)用(よう)如(いか)何(ん)が
大和魂(やまとだましい)ぞ
隊(たい)長(ちょう)の言(げん)は我(われ)の迷(まよ)いをさます
唯(ただ) 我(われ)を向(こう)上(じょう)心(しん)なきと思(おも)う處(ところ)
何(な)故(ぜ)なりや
昼(ちゅう)夜(や)悶(もだ)え居(い)る この向(こう)上(じょう)心(しん)
これが或(ある)いは滅(めっ)私(し)より上(うえ)に出(で)て
主(しゅ)線(せん)をこえていたのかも知(し)れぬ
軍(ぐん)隊(たい)だ 一(いっ)時(とき)もこの精(せい)神(しん)を
忘(わす)れて悪(あく)なき所(ところ)に心(こころ)の
主(しゅ)眼(がん)あり 心(こころ)すべき
隊(たい)長(ちょう)は私(わたし)を捨(す)てよと
古(ふる)い言(こと)葉(ば)だけど主(しゅ)柱(ちゅう)なり
主(しゅ)線(せん)は主(しゅ)線(せん)だ

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蔭(かげ)のある人(ひと)とならざる為に
この点(てん)は現(げん)在(ざい)とても表(おもて)より裏(うら)の
方(ほう)が心(こころ)にあると思(おも)う位(くらい)だから
蔭(かげ)は少(すく)なきと信(しん)ず
軍(ぐん)人(じん)なり この精(せい)神(しん)に於(おい)て
動(どう)作(さ)の余(あま)り大(おお)きな点(てん)を
心(こころ)すべき事(こと)と信(しん)ず
隊(たい)長(ちょう)の言(げん)は我(われ)の心(こころ)を知(し)るや
知(し)らずや 大(おお)いに血(ち)となる處多(ところおお)し
現(げん)在(ざい)に忠(ちゅう)実(じつ)なれ
この点(てん)に生(いの)命(ち)あり

唯(ただ)生(せい)ありて個(こ)人(じん)となりたる時(とき)
主(しゅ)線(せん)と共(とも)に育(そだ)てられたる社(しゃ)会(かい)の
構(こう)想(そう)を大(おお)いに伸(の)ばせば
満(まん)点(てん)ならずや

< 130 >
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下(げ)駄(た)作(づく)り商(しょう)売(ばい)人(にん)も
舌をまく

俄(にわか)書(しょ)生(せい)が下(げ)駄(た)はいて
軍(ぐん)服(ぷく)姿(すがた)かたにつき居(お)り

雪雨(みぞれ)あり故(こ)祭(さい)の夜(よる)を夢(ゆめ)に見(み)て
そぞろ思(おも)いは故(ふる)郷(さと)へとぶ

民(たみ)安(やす)かれと祈(いの)るこそ
我(わ)が世(よ)を守(まも)れ伊(い)勢(せ)大(だい)神(じん)

支部報(しぶほう)を待(ま)つ(つ)間(ま)もどかし
こたつ灯(ひ)に今日(きょう)のニュースを
かげできき居(お)り

< 131 >
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兵(へい) 還(かえ)る
無(む)念(ねん)無(む)想(そう)唯(ただ)懸(けん)命(めい)の上(じょう)進(しん)
自(じ)己(こ)の責(せき)を果(はた)して還(かえ)る故(こ)山(ざ)の影(えい)
はるけき南(なん)海(かい)に使(し)して幾(いく)とせ
今(いま)ぞ帰(かえ)る勇(ゆう)士(し)の笑(え)顔(がお)

思(おも)いみし故(こ)山(ざ)ぞ總(すべ)て夢(ゆめ)ならず
船(ふな)路(じ)もどかし兵(へい)今(いま)還(かえ)る

凱(がい)旋(せん)の歌(うた)きく如(ごと)く大(たい)洋(よう)に
一(いち)路(ろ)奮(ふん)進(しん)故(こ)郷(きょう)は近(ちか)い

想(おもい)出(で)を胸(むね)に秘(ひ)めてか黙(もく)々(もく)と
雨(あめ)降(ふ)る中(なか)を軍(ぐん)歌(か)ぞひびく

戦(せん)場(じょう)の香(かお)り遥(はる)かな髯(ひげ)にみる
南(なん)方(ぽう)焼(や)けの姿(すがた)りりしく

兵(へい)還(かえ)る嬉(うれ)し涙(なみだ)や
故(こ)山(ざん)の地(ち)

< 132 >
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中(ちゅう)央(おう)高(たか)く爆煙(ばくえん)黒し地(ち)軸(じく)を
ゆるがす轟(ごう)音(おん)唯ならぬ音(おん)響(きょう)に
誰もが心なくした
空爆(くうばく) 八月十八日
前(ぜん)々(ぜん)後(ご)々(ご) 戦(せん)場(じょう)の余(よ)暇(か)必(ひっ)勝(しょう)の
信(しん)念(ねん)::摩(ま)必(ひっ)須(す)の訓(くん)練(れん)と生(しょう)ず
とばかり銃(じゅう)剣術(けんじゅつ)の最中(さいちゅう)である
ダダダーンと機銃(きじゅう)の音(おと)がした
飛行機(ひこうき)の演習(えんしゅう)だろう位に思って
ふと上空を見れば敵ノースアメリカン
が真黒い姿をそのまま三機(さんき)我等(われら)の
上に押しかぶさる様に機銃(きじゅう)掃射(そうしゃ)と
共(とも)に呈(てい)していた
ああ 思(おも)った瞬(しゅん)間(かん)身(み)を伏(ふ)せた
心(こころ)憎(にく)い敵(てっ)機(き)の襲(しゅう)撃(げき)である
散兵(さんへい)壕(ごう)の上をパシパシと木の葉が
散(ち)る ビンビンと不(ぶ)気(き)味(み)の爆(ばく)音(おん)
をのこして ごー と頭上を去る
あたりが急にしんとした様に思える
この敵の行動(こうどう)である

< 133 >
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敵(てっ)機(き)の去(さ)った後(あと) 誰(だれ)も顔(かお)を見(み)合(あわ)す
いやー 敵(てき)もさる者(もの)だね
妙(みょう)な感(かん)心(しん)ぶりである 唯(ただ)幸(さいわ)に一名(いちめい)も
負傷(ふしょう)せざるは天佑(てんゆう)なり 敵機(てっき)の
襲撃(しゅうげき)は前後五六回位毎日
つづいた 二日目の時余りにもこしゃく
にとんで来るので軽機(けいき)で撃ってやった
だけど何と平然(へいぜん)としてとびさるには
及ばざる機械力(きかいりょく)だ
歩(ほ)兵(へい)は中(なか)々(なか)辛(つら)い 地と空では戦いに
ならん
敵(てき)味(み)方(かた)色(しき)別(べつ)するもいとまなき
銃(じゅう)撃(げき)ありて心(こころ)にくくも

火達磨(ひだるま)となりて落(お)ち来(く)る
敵(てき)戦(せん)の機(き)銃(じゅう)は戦(と)友(も)を道(みち)連(づ)れとする

防(ぼう)空(くう)壕(ごう)思(おも)わぬ時(とき)に役(やく)に立(た)つ

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戦争(せんそう)は人間(にんげん)を何(ど)處(こ)迄(まで)も強(つよ)く
する あらゆる困苦(こんく)をしのぎ
生(せい)命(めい)に対(たい)する危(き)惧(ぐ)も物欲(ぶつよく)も
総(すべ)てが唯(ただ)天(てん)の知(し)る所(ところ)なり
何(なに)がなくとも平(へい)然(ぜん)として笑(わら)って
戦(たたか)って行(い)ける民(みん)族(ぞく)の性(さが)を
益(ます)々(ます)伸(しん)長(ちょう)して聖(せい)者(じゃ)の心(しん)境(きょう)
たらしむ
皇(こう)国(こく)の信(しん)念(ねん)に生(い)き天(てん)皇(のう)陛(へい)下(か)
の為(ため)に死(し)す事(こと)こそ我(われ)等(ら)の願(ねが)う
悠(ゆう)久(きゅう)の大(たい)義(ぎ)に生(い)くるものである
戦(せん)線(せん)半(はん)歳(とし)有(ゆう)余(よ)の生(せい)活(かつ)は
文(ぶん)化(か)人(じん)の想(そう)像(ぞう)し得(え)ざる様(よう)な
生活(せいかつ)にもかかわらす我等(われら)は
唯(ただ)なければ無(な)いで通(つう)ずる心境(しんきょう)を
体得(たいとく)し不自由(ふじゆう)とせざる所(ところ)
確(たし)かに人(じん)生(せい)の最(さい)大(だい)の収(しゅう)穫(かく)なり
(八月二九日)

< 135 >
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思(おも)い出(で)の夢(ゆめ)みし春(はる)や
何(いず)處(こ)なり 運(うん)命(めい):::
人(じん)生(せい)の隙(すき) 又(また)長々(ながなが)と:::

::

行く行く春の名残(なごり)なる
花(はな)咲(さ)く野(の)辺(べ)の夕(ゆう)まぐれ
二(ふた)人(り)で語(かた)った想(おも)い出(で)を
遠(とお)い戦(せん)地(ち)で夢(ゆめ)にみる

< 136 >
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慰文を視る
若草燃(わかくさも)ゆる陽春(ようしゅん)の希望(きぼう)に
躍(おど)る頃(ころ) それは年(ねん)中(じゅう)で特(とく)に嬉(うれ)しい
そして楽(たの)しい時(じ)候(こう)であろう
八(はち)年(ねん)間(かん)暖(あたた)かい愛(あい)情(じょう)にそして智(ち)と
徳(とく)を教(おし)え導(みちび)かれて来(き)た学(まな)びの
庭(にわ)に別(わかる)るその頃(ころ) 我(われ)等(ら)の時(とき)も
今(いま)も尚(なお)つづく戦(せん)乱(らん)
あの卒(そつ)業(ぎょう)当(とう)時(じ)書(か)いた慰(い)問(もん)文(ぶん)
幼(よう)稚(ち)な中(なか)に精(せい)一(いっ)杯(ぱい)に書(か)いた
当(とう)時(じ)が懐(なつ)かしく蘇(よみがえ)る
卒(そつ)業(ぎょう)を旬(じゅん)日(じつ)にしてかえて呉(く)れた
学生(がくせい)の慰問(いもん)綴方(つづりかた)をよみて
小学生(しょうがくせい)の頃(ころ)が何(なん)となく懐(なつ)かしい
我等(われら)の教師(きょうし)たりし先生(せんせい)は
今(いま)も尚(なお)母(ぼ)校(こう)にあり
我(われ)を忘(わす)れず

< 137 >
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九月一日
南(なん)方(ぽう)戦(せん)線(せん)の果(はて)に先(せん)生(せい)の便(たよ)り
どんなに嬉(うれ)しく読(よ)んだ事(こと)か
状(じょう)況(きょう)も最(さい)悪(あく)で思(おも)う万(まん)分(ぶん)の一(いち)しか
しらす事(こと)しか出(で)来(き)ぬ
我(われ)等(ら)の想(そう)像(ぞう)もせぬ未(み)知(ち)の
世(せ)界(かい)文(ぶん)化(か)の崇(おご)り
そしてその競(きょう)争(そう)だ
生(い)きて再(ふたた)び母(ぼ)校(こう)にまみいる
時(とき)ぞあるや
銃(じゅう)後(ご)の様(さま)を思(おも)い浮(う)かべて
何(なに)一(ひと)つない戦(せん)陣(じん)の余(よ)暇(か)を
楽(たの)しむ
想(おも)い出(で)に故(こ)郷(きょう)の様(さま)ぞ文(ふみ)にみる
我(われ)戦(せん)線(せん)に今(いま)銃(じゅう)を取(と)る

< 138 >
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第十中隊八名
軍 和田道男
〃 安部幸雄
伍 滝 人志
上 田中林次朗
〃 真野只夫
〃 福田友一郎
〃 松本仙太郎
〃 小松一郎
以上

小川文夫 松島國一
玉井菊次郎
篠原
蓮沼源吉
川島光三郎

< 139 >
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飛(ひ)行(こう)場(じょう)作(さ)業(ぎょう)
赤(あか)とんぼ糞(ふん)する度(たび)に地(ち)軸(じく)ゆれ
陽(かげ)炎(ろう)燃(も)えて焼(や)く如(ごと)き砂(すな)地(ち)今(きょ)日(う)も
視(し)界(かい)晴(は)れ 朝(あさ)からぢりぢりと
照(て)りつく四(よん)周(しゅう)二(に)里(り)程(ほど)もある
大(おお)きな飛(ひ)行(こう)場(じょう)だ 毎(まい)日(にち)毎日作(さ)業(ぎょう)は
つづく 突然(とつぜん)ブザーがなる
作業(さぎょう)を止(や)めてみんなが防空(ぼうくう)壕(ごう)にとぶ
然(しか)し呑(のん)気(き)なもんだ 読(よ)みかけの雑誌(ざっし)
をもったり 又 小刀(こがたな)で何(なに)か細工(ざいく)をして
いるもの 予期(よき)した者(もの)が来(き)たように
思い思いのいたずらをしつつ退避(たいひ)する
爆(ばく)音(おん)が頭(ず)上(じょう)に迫(せま)る ああ 来た来た
監視兵(かんしへい)が言(い)う 壕(ごう)の中(なか)に入る
ざあーと砂の流れる様な音をして
爆(ばく)弾(だん)が降(ふ)る がーん がーん と
五つ六つ ぐらぐらと地がゆれる
指でふさいだ耳がいたい 防(ぼう)空(くう)壁(へき)が
くずれて来る

< 140 >
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爆(ばく)音(おん)がとおのくと一(いっ)緒(しょ)にみんなが
防(ぼう)空(くう)壕(ごう)を出(で)て近(きん)所(じょ)をきょろきょろと
見(み)廻(まわ)す 友(ゆう)軍(ぐん)の損(そん)害(がい)をみると
皆(かい)無(む) 安(あん)心(しん)して又(また)何(なに)事(ごと)もなかった
様(よう)にラッパの号(ごう)音(おん)と共(とも)に作(さ)業(ぎょう)に
かかる 終(しゅう)日(じつ)に多(おお)い日は三度四度
毎日こんな事(こと)を繰(く)り返(かえ)している中
友(ゆう)機(き)の勇(いさ)ましい強(つよ)い翼(つばさ)が降(こう)下(か)する
様(よう)になった ああ我(われ)等(ら)の任(にん)務(む)は
成(せい)功(こう)した それと共(とも)に又(また)更(さら)に
新(あたら)しい任(にん)務(む)に向(むか)って前(ぜん)進(しん)する
暑(あつ)さも敵(てつ)機(き)も何(なん)のその黙(もく)々(もく)と

南(なん)海(かい)の空(そら)護(まも)りける若(わか)鷲(わし)の
巣(す)立(だ)つをみれば心(こころ)嬉(うれ)しき

銃(じゅう)壁(へき)の護(まも)りゆるがし南(なん)海(かい)に
友(ゆう)機(き)の基(き)地(ち)は更(さら)にたのもし

< 141 >
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海(かい)上(じょう)にて
今(こ)宵(よい)も静(しず)かな海(かい)上(じょう)に月光さいて
小波(こなみ)がきらきらと輝(かがや)いている
そよ吹(ふ)く風(かぜ)に椰(や)子(し)の梢(こずえ)がゆれる
夕(ゆう)立(だち)雲(ぐも)がはるか水(すい)平(へい)線(せん)にもくもくと
伸(の)びている 海(うみ)は静(しず)かだ これが
日(にち)米(べい)のしのぎをけずる決(けっ)戦(せん)場(ば)
南(なん)海(かい)の果(はて)とは中(なか)々(はか)信(しん)じられぬ様(よう)だ
月(つき)が出(で)ている海(うな)原(ばら)である
ああ今日(きょう)は思い出(おもいで)も深き(ふかき)十二月(じゅうにがつ)八日(ようか)
二年前(にねんまえ)の今月(こんげつ)今夜(こんや) 我等(われら)一億(いちおく)同志(どうし)
米英(べいえい)の非望(ひぼう)を破砕(はさい)せんと決(けつ)然(ぜん)と
立(た)ち上(あ)がった永(えい)久(きゅう)に記(き)念(ねん)すべき日(ひ)
通(つう)信(しん)にて警(けい)戒(かい)を厳(げん)にすべしと
来(く)る岩(いわ)に打(う)ち寄(よ)す波(なみ)音(おと)もはるか
に遠(とお)く雷(らい)明(めい)も鋭(するど)い神(しん)経(けい)に見のがさじと心(しん)眼(がん)をみはるこの遠(とお)い戦(せん)線(せん)に何(なん)の慰(なぐさ)みもなく唯(ただ)黙(もく)々(もく)と銃(じゅう)を取(と)る
この海(うみ)の彼(かな)方(た)に懐(なつ)かしい故(こ)郷(きょう)がある
恋(こい)しい友(とも)が居(い)る

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唯それは思いにすぎず目前(もくぜん)には
八つ裂きしたとて飽きたらぬ米英が
けなげにも上陸せんとしているが
目(め)が痛(いた)む程(ほど)に海(かい)上(じょう)をにらんで立つ
来るかャンキー 覚(かく)悟(ご)を前(まえ)に何(なに)
恐(おそ)るる事(こと)なきも何故かしら胸(むね)踊る
友(ゆう)軍(ぐん)の糧(りょう)秣(まつ)輸(ゆ)送(そう)の大(だい)発(はつ)がごとごとと
行く ああ 状況(じょうきょう)は楽(らく)だと幾分(いくぶん)
安心す。早出征(しゅっせい)以来(いらい)一年
明けくれに暑いこの南海も夜は
涼(すず)しい様(よう)に思(おも)う。歩(ほ)哨(しょう)の前(まえ)に
わにが泳(およ)いで来(き)たり 一(いち)日(にち)中(じゅう)敵機の
前にさらされても守(まも)りは堅(かた)し
今宵(こよい)も無事(ぶじ)か 島(しま)の鶏(にわとり)がなく
夜明けの近きを知らす。一人の友は安心
したのか、ああと背(せ)伸(の)びをする。交代の歩哨が来た。何(なん)となく自(じ)分(ぶん)の責(せき)任(にん)を果(はた)し得(え)た様(よう)に心(こころ)が軽(かる)くなる
戦場(せんじょう)の生活(せいかつ)はこうして一日(いちにち)一日と
送(おく)られて行(い)く 完

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Printed on 05/03/2024 05:15:47 AM