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田村義一の日記 1–30ページ

日記原文
従軍手帳
田 村 義 一

一月 五日 東三六部隊入隊
一月十二日 宇都宮出発
一月十四日 朝鮮釜山上陸
満州北支経由北支着
一月十八日 北支泊頭着
一月二十日 青島着櫻岡
兵舎生活

二月 三日 上船
二月 四日 青島出発
二月 十日 南洋群島パラオ
神社参拝
二月十九日 パラオ発
二月二十二日 ニューギニア ウエワク
上陸天幕生活

椰子の梢に故郷を
偲び海を眺めて
ばなな食べ

太平洋行進曲
ニューギニア戦線

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敵のあぶ糞する度に
地が振れて

ジャングルは弾丸より
こわし蛇が居る

椰子の実も珍らし内は
うれしかり

秋陽気蜻蛉が
空に飛び交わし

蛍光に常夏の国の
夜は長し

病有り顔疲れ:::
:::::::

< 2 >
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極楽鳥の鳴き聲をきけば
内地のカッコウ鳥を思い出す
南洋の椰子の林の中に
ケオコウ キョウ ケオコウ ケヨウヨ
何と言うのか分からねども余りに
好かない変な鳴き聲だ
昨日今日戦友に内地から便りが
来て一月末の新聞を見る
相変わらずの故郷
南方ニューギニア戦線のニュースも
出ていたけど我が現住の地と
誰が知るだろう
内地のお盆の頃位の暑さなれども
害虫多く中にも蚊だけは
全く閉口している
病の為かこの頃元気なく
兵隊の士気低き感あり

< 3 >
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毎日新聞ヨリ

一つ目で日本中飛び歩いて居るもの

たこに入ればをしたら何になる

物を買えば必ず他人にやるもの


節生を重ん志健康を保つ
常に元気旺盛たるべ志

1汽車 2たばこ 3金

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住みなれぬ地の労苦は常に
家なくスコールにぬれる
毎日定まって来る俄雨も今日は
来ずにからりと上天気
それだけ暑さも厳しきなり
三月と言えば故郷でももう幾分
暖くなる頃だとしみじみ
軍隊生活して居ると月日の
感情が全然消しとんで無神経
の様になり 無情なり
人の恵みも知る術もなく
二ヶ月位で椰子もあきるだろう

伏床のためか自然気もだるく
変に気をくぢらす
嫌だあ 誰の気もこんな風に
かたむいて行く

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地球節も過ぎて内地だと
菜種の花も咲く頃なり
一別以来唯一度の便りもなく
無情をさげみ居る事と思う
軍隊生活の多忙又規則
知る人のみの味わう感境なり
唯一の楽しみは椰子の汁を
呑む事
のどの乾きしときぎっとのむ
この味は誠に南国の特典
だと信じております
一報を出来る日は無く唯
いたずらに使役に送る
野幕生活

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兵隊さん有難う存じます
熱い南国の太陽焼けに
この間の寫真が土人の様に
真黒 目ばかり人形の
様でした
椰子の汁は甘いそうですね
内地の人達が思うのは
珍しいだけとか
見たこともありません故
そうだか知れませんね
今度はその味をはがきに
しまして送って下さい

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青島にて 一月二十八日
元気なり何時も同じの文なれど
来ぬと気を病父母ありがたく

はなれ来志祖国の友は唯一つ
黙々として死せと励ます

晴れたれど 陽陰氷りて寒空に
技をねる兵の顔光り居り

物乾場に乾してある洗濯物の日の
当たらぬ方は白く凍って居る
日中とは言えど相当に寒い皆夏服で
震えている 元気を出せ張切れと
励ます上官の防寒具がはなせぬ様だ
見渡す山々は丸はげて 吹き寄す
海風は肌を刺す
明日の守り健児は今征途前
元気いっぱい訓練中

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應召の兵とも思はぬ元気さに
頼しき感しみじみ思う

帝国の民と生れし嬉びを
軍服を着て更に深くし

練兵の辛さ寒さも何のその
我は海の子大和男子ぞ

幾歳の守りゆるがしたゆまぬは
父祖より受けし大和魂
入院の友を送りて(一月二十八日)

安らかに療養せよと覺しつつ
見送る我の心さびしき

大神よ戦友の痛手を一日も
早く療して大君にささげよ

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海上にて 二月七日
大海原は生きて居る 白いかもめに
送られて故郷を出て幾昼夜 今日も
昨日も又明日も果てしなき大海原は
何處までつづく 大波小波寄せ返す
波の彼方に悠々と海は生きている
躍る黒潮八重の潮路
男の度胸今ぞ試練の真中
船は今一路南を指して進む
子を守るが如く添う巡艦の
ゆっとりとした勇姿たのもしき
見渡す限り海と雲の世界
遂近日迄寒さに打ち震えていた事も
まるで夢の様に風強けども
暖かし ともすれば水の中に入りたいほど ちらと晴れしと思えば又雲
重畳なる雲の峰ばかり
そして又見渡す限り海の水

< 10 >
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この水の生命この黒潮に生ある如く
真白きしぶき大うねり
何處までも果しなきこの潮はさながら
生けるが如し たしかに生きている
脈あり血が通うが如く発刺として踊る
我は果して今この黒潮に何を学ばんとしているや故郷にのこせし父子兄弟いや
自己の信念の徹せざる限り突進せんと
寸前迄戦って来た記憶の中に
更に力強き信念を得んとして
学問が何だ 運命が何だ ともすれば
荒ぶ心の奥に大いなる瞳をひらかせて
呉れる人の力だ幾昼夜の果てなきこの
船旅に雲と水のこの世界に現在地も
行く先もはっきり教えて呉れるのがこの智だ人の学問だ
戦場は意気だ 確かに精神力に追ふ所大なりと言えども唯軍はこの力のみに
於いて果たしてこの重大なる任務が遂行出来るか 否や

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智と力 精神力を合してのみ将に天運我にあり
社会の大浪にゆられて人として生きる道が心からはっきりしてくる
あの出征の際焼き捨てんとしたが生還を期せぬ我が心に幾分でも理解して戴くためにそっくり残した日記帳 又随筆帳
今頃父はどんな心で読んでくれるだろうか 未練がましいと思えばこそ唯一言の別れもせず発って来た我
この身が白木の箱で還った時本当に我の子としての心が解かって貰えるだろう
又信じて来たあの日記なり
社会の競争に於いて我はその櫂なく悲憤やる方なく破れたり
今更誰をうらもう 愚痴も言うまい
然しながら我が子に
孫に残すべき大きな使命の

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ために五年十年でも雄雄しく
戦って行く覺悟
今この黒潮を目の当りみて男の
意気男子として本当の道を
発見した様に清清しい心だ
死して皇国に殉ず
今二十有余年の人生に別れを
遂げんとして征途に就く
願わくば死所を得させよ

雲又雲 海又海のはてしなき
大海原は我が墓所なり

黒潮の生けるが如き大洋に
祖国を守るもののふぞ征く

天地唯重畳として境なく
波に起き伏す我は海の子

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征け征けとはげます潮の聲きけば
我が神洲の勝どきと見る

神は唯我が行く道をしめさばや
生死は天の知るよしもがな

願わくは弟妹達にこの海の
真相を少しでも知らせたい
助川でも日立でも一度
行って来る様にと願ふ

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一信 二月十二日
どうだ元気で奮闘中か 寒いと
震えているのと違うか
もしそうだったらこちらに来給え
一度で暑くて逃げ出すから
あれから内地もお変わりありませんか
兄も元気です
紀元節には海水浴でした
夢で椰子の実をたくさん送って
上げましょうどんなに食べても余る程
無事届くかどうかね
枕元にかごでも置いて寝るように
またその内珍しい事を知らせましょう
兄より
弟へ

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四月一日
太平洋に小便がしたい 誰かが
ビルマ作戦の真中ラングレーを
攻略すべく行軍こんな事をした
或る雑誌に出ていたのを思ふ
今我はニューギニアの海岸で
この事を思い出して何となく
苦笑せざるを禁じ得ぬ
上陸して五旬 何と長い又
短い生活の様だ
未開のジャングルに住んでローソクの
光も無く朝に起き夕に伏し
同じ労働に使役しつつ
軍隊生活の一端を味わう
椰子もあきるほど食した
唯ほしいのは新鮮なる野菜
又新しい漬物
内地の香をしみじみと
思い浮かべつつ

< 16 >
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或る友は兵隊だから總ては
あきらめるのだと嘆息す
生活戦線の労苦と別に
軍隊の生活には一種独特の
内務あり
各階級によりて統属する
なれば詮なく
今日も又椰子の木の間を縫って
荷車を引く
これが作戦だ
思いつつ変な使役の感禁じ
得ざるべからず
大戦火のこの中に人類の
総てが闘争して行く社會の
現実がしみじみと
頭にしみて来る

< 17 >
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四月一日
南国特有の魚が澤山浮いて
泡立つ位だ 今日も相当に暑い
殆ど毎日の様に飛んできた敵機(てっき)
この二、三日姿を見せぬ
予期した者が来ぬ様に何となく
心足りなく路上を歩いていた
ぼーん、ぼーんと高射砲が打つ
空襲警報よりも射撃の方が
何時も早い
「ああ来た あの雲の左 あ雲の中に
入った」平然として誰もが立って
ボーイングの行方を見る
随分大きいな 高度は相当に
高けれども悠々と飛んで
我が心をじらす
敵乍相当なもんだなあ
誰かが感心したようにつぶやく
友軍機は何をしているのか
或る友は言った

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上陸した其の日から敵機の
お見舞いを受けつづけ故
空襲されても呑気に又かと
平気だ 唯どんなに撃っても一度も
当たらざる高射砲がうらめしい
敵は悠々と一廻りして行く
砲弾が後を追ふ
唯見ているだけの我々はじれたくて
どうにもならぬ
やがて見えなくなった敵機を
皆でうわさして
歩度を速める
路は浜辺の波打岸に近く
波音はやさしき強く
胸を打つ
何もほしくない軍隊生活の
一日を夕方まで働く

< 19 >
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四月一日
若草萌ゆる丘の上
浪路はるかに眺むれば
太平洋の黒潮を
今日(きょう)ものりこえはるばると
強く勇まし船が来る
祖国の便りを乗せてくる

椰子の木陰にたたずんで
波の彼方の大空に
想い偲ばすニューギニア
遠い異郷が今更に
暑さと共に胸に来る

< 20 >
----------

四月二日
今日も朝から蝉がないている
真夏だ ジャングルの中に居ても
未だ相当に暑い
極楽鳥が鳴く常夏の国だ
椰子の実も始め程珍しくは
なくなったが味が戀しい
殆ど休む暇なき役使の中に
故郷の便りが待ち遠しい
出征以来の一回の頼りも来ず
さぞ家でも待って居る事だろう
南国に来て見る物聞く物
總てが珍しく ないものはなきに
何故かぼうーとして感更になし
兵隊生活の単調なり
外の事を考える余裕が
ないのだ

< 21 >
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ばななも山にはあるそうだ
時々土人やその他の人の持参
するを見るけど未だ一度も
見参出来ざるなり
パパイヤもある然れども食膳を
賑わす程はなし
少し奥に土人部落ありて
甘藷や南瓜があるとか小隊の
友は言う
南方に来たら椰子やバナナは
充分に食べられるだろうと思って
いた事が余りに夢のようで
あったのに今更深歎す
未開の地と言う言葉がこれ程
しみじみとした事なし
ただ蛇が毒 動作の案外
少なきに稍安心せり

< 22 >
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再度の應召に際して隊の
生活が階級の差によりて
非常に異なるに不快あり
勅諭の示す所詮なし
前の時せめて伍長位になって
おくべきと嘆きたり
南方戦線の花と散り
戦友ありて四月一日に
中隊にて告別式を挙げし際
不幸の友を痛む
中支戦線の当時より更に
不幸なる現況に情無し

想いつらつら定らず
元気なくペンを執る今日
病重なりて疲労あり

< 23 >
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上陸一ヶ月半ばにして入院患者
続出せり 分隊より二名
連隊長の訓示 戦力増進せよに
反する事大なり
四月五日 入隊三ヶ月今一度の
便りも着かざるなり
故郷の香りがほしい
無事の外かく事なき信も
出せぬと思えば如(いか)何(ん)せん

南十字星
ニューギニア

技師
坪井大尉

< 24 >
----------

誰か故郷を想はざる

花摘む野辺に日は落ちて
皆でかたを組みながら
唄を歌った帰り道
幼なじみのあの山(やま)
この谷(たに)
誰か故郷を思はざる

都に雨の降る宵は
涙に胸もしめり勝ち
遠く呼ぶのは誰の聲
幼なじみのあの山
この谷
誰か故郷を思はざる

< 25 >
----------

はるか南海の果でこんな思慕を寄せたとて誰が本当にするだろう
知り合ってから一ヶ年何の事もなく
友の妹として君を知っただけなのに
何故かしら忘られぬ君の面影だ
便りする機会もなく余りに厚かましい
心と思えば遂一度の信も
せざるなり 唯獨り胸を痛めて
故郷を偲ぶ
求むる事の無理と知りつつ
何故あきらめられぬ想いあり
元気で今頃人妻として嫁として
いるだろう。 思えば羨ましい
君の夫だ
唯君の幸福を祈る男の
意を天は知らず

陣中倶楽部より

< 26 >
----------

明日はお発ちか
お名残り惜しや
大和男の晴れの旅
朝日をあびて出で立つ
君を拝む心で送りたや

駒の手綱をしみじみとれば
胸に清しい朝の風
お山は晴れて湧きたつ雲よ
君を見送る峠みち

< 27 >
----------

出征
總てが皆夢の様にすぎるこの出征である
感激も感謝も希望も
この胸中に包んであたかも大海の
如くなれる心に自驚す
宇都宮を出発したのが夜の十時五分
故郷の驛を通過したのが十一時
ひっそりとしたホームに驛長と
三の駅員の居た外何もなく
安らかな眠りに就いていた
時将に一月十二日 我等は重大なる
使命の元に勇躍征途につく
これが今生の見納めと思へど
何と冷静なる心境であろう
大山の如く總ては胸に秘む
帝都のねむりを外に列車は
一路東海道を驀進す

< 28 >
----------

或る者を除いては已に歴戦の
勇士ばかりだ
前に通りし想いに話題を
賑わして居ると言えど思い思いの
うたたね多し
品川を通り横浜を抜け
沼津にて夜はほのぼのと明け
そめたり 車中第一回の
朝食を摂り 元気回復
車窓の影は蜜柑の山多く
静岡の名産地近し
黄色の実る蜜柑の山を右に
左に眺めつつ更にはるか東天に
日輪の昇る頃 霊峰
富士の姿を見る
山半身を真白く天に聳ゆる
この雄姿 大和島根の
表徴なり

< 29 >
----------

去年の七月工友と共にこの山頂を
征服した当時を想いだし
感無量 あの山路 この谷
岩又岩の登山の想い出懐かしく
想い浮かべり
海の見え始める頃ちらちらと
車窓に雪を見る
関西は暖かきと知りしに一寸
意外の感あり
山陰木陰雪白く寒さも
そぞろ車中に震えて居る
陽光照りて下る東海道の
風影を楽しみたり
汽車は今思い思いに乱れる
勇士等をのせて目的地へ進む
果たしてこの中幾人還るやも
知らずに

< 30 >
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