Australia-Japan Research Project

オーストラリア戦争記念館の豪日研究プロジェクト
Australian and Japanese attitudes to the war
田村義一の日記 91–120ページ

日記原文
感傷 四月二十九日
物淋しい何と感傷的の事だろう
ふとした事に遂物悲しくなる
ああ戦場の常か
我の半生を思うとき余りにも
芽つまれた人生故に情けなくなる
信念が何だ
強くなろうとして努力して来た
それなのに何故かしら弱い
哀愁の念が去り難いのだ
運命とあきらめられぬこの身
どうして生きて行こうか
心命を大君に捧げて来た
この異郷に男として女々しい
未練がましいのか知れぬ
苦悶の人生今頂き生も死も
紙一重唯神の知るのみ

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山の美
頂が点々と見える白い雲の上に
或る神秘の世界の様に思われる
連山の風影だ
あの山もあの山もみんな踏破して
来たと思うと足の威大さに
自驚する 高度にしたら差程
高くはなけども相当に急な
坂の上り下りを思い初秋の様に
芒の穂なびく高原を歩く
五月だ 異郷にありて五月は
秋なのかも知れぬ
ばななも食べた パパイヤも
辛苦の山の行軍を味い見て
故郷の山が懐かしい
山々の美 登る辛苦の末にみる

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糧秣輸送
高原の雨が晴れた
背の高い芒が風に揺れて動く
秋だ 吹き来る涼風に腹一杯大気を
吸えば辛苦の山路が非常に
意義あった様に思える
明石の高原に行ってみたいと念願
して其の実現の様に心澄む
遠く近く浮ぶ連山に緩やかに
白い雲が流れて綿絵のようだ
山又山 谷又谷の荊の道
この先々の路を思うと本当の
山の真に触れた様になる
後から 後からと上り来る兵隊
任務は重し
今日で三昼夜 山の旅も今
五日ある 山好きな故郷の友に
みせてやりたいこの山影だ
二十分の小休止も非常に
元気ついて出発

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土人
早口に分かりかねる言葉を言う
兵隊さんもその言葉を知らんとして
一生懸命だ
ああ そうか 交換に来たんだ
小さな網の袋にバナナとパパイヤを
二十ばかり入れて兵隊の物と
取りかえに来た彼等
腰にだけは一物をまとえど 外は
何もない裸体 原始の生活だ
二十銭の金を出してバナナを二本とる
これがニューギニア最初のバナナの味
非常に甘い 大きさも自分の腕位
いや それ以上ある
全く大きい 夢にはこんな物が
好き程食べられると思って
来たのに それどころかやっと二本
でも現地に来てバナナを食う
楽しみを初めて味ふ

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土人(どじん) 五月四日
本当(ほんとう)裸(はだか)土人(どじん)をみた時おやと
思(おも)った何(なに)もせず
大(おお)きいのをぶらぶらして頭(あたま)鶏(にわとり)
羽(はね)をさして意(い)気(き)揚(よう)々(よう)たり
これ見(み)よとばかりの風(ふう)には驚(おどろ)
目(もく)的(てき)地(ち)着(つ)いた夕(ゆう)方(がた) 守(しゅ)備(び)隊(たい)
兵(へい)舎(しゃ)体(からだ)休(やす)めていると土(ど)人(じん)
四(し) 五(ご)十(じゅう)人(にん)どやどやと裸(はだか)来(き)
大(おお)きな網(あみ) 又(また) 藩(ばん)刀(とう)様(よう)なのをもち
二(に) 三(さん)人(にん)十(じゅう)字(じ)架(か)胸(むね)下(さ)げて
然(しか)もその半(はん)分(ぶん)丸(まる)はだか 兵(へい)隊(たい)
珍(めずら)しくてみていると彼らも兵隊を
珍しくてみている
家(いえ)廻(まわ)りを二(に)度(ど)程(ほど)廻(まわ)って
がやがやと出(で)行(い)った
前(まえ)居(い)兵(へい)隊(たい)聞(き)いたら
兵(へい)隊(たい)見(み)来(き)たのだと言(い)
土(ど)人(じん)比(ひ)したら兵(へい)隊(たい)変(へん)だから

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珍しいのかも知れない
バナナを求めたら山の中にはある
然し現在はないと言う様だった
言葉をもう少し分かる様になりたい
子供達も支那人に比したら
明るい 陰気の点が少しもなく
神の子の様に純情だ
兵隊には或る一種に見られるのか
恐がりもせぬが余り日がないため
なつかない
大人は偉い人を良く知っていて
兵隊より将校に品物を呉れる
土人も中々知っているなあ
誰もがこんな事を言う
見かけは非常におそろしいと
思った土人がやさしく
純情なのには心うれしい

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五月二十二日
月光が椰子の梢に輝く
白い光にぬれる静かな中に
月光が白く椰子の梢に照り
輝いて美しい 虫がなく
まるで手に取る様にきこえる
本当に静かな 静かな晩だ
丸い月をみていると故郷の
秋をみている様に何となく
センチ的になる
南国の夜は確かに秋だ
芒がなびく 虫がなく
名も分からぬ夜鳥の渡る羽音も
何故かしら胸にしみる様だ
故郷を発って半年
この戦線に生きているのが不思議の様だ
こんな晩には独りで淋しく
河堤を散歩した夜を思い出す

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月光
秋草のなびきて静けし戦場に
夜鳥なきて月光白し
◎ だらだら雨
五月雨天幕の中にもりつづき
土人の家をうらめしく思う
◎忘愁
月照るど想いとどかじ戦線の
故郷の堤思い出づる夜

◎ 南方の四季
朝は春 昼は真夏で夜は秋か
南国の四季日毎ありける

求めたる人も知らずに今日も又
:りねの空に夢みる君を
◎君への詩

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しばらくになりますね
今頃は僕の事を忘れている
だろうと思う位です
あれからすぐ再び應召して
ずっと不通ですね
悪しからず 其の後如何ですか
みんな元気で居る事でしょうね
お子さんは学校に行きますか
年も忘れてしまいます
現地は南国の果にて本当の藩地です
住む人も稀で極少数の土人より
外居ません
椰子もバナナも案外に少なく南国の
名物は山とジャングル位です
珍しいと言えば珍しく ないと言えば
何一つない生活です
幸に元気で奮斗して居りますれば
皆様によろしく
栄治様 芳一

< 99 >
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定めなき日の夜もすがら
小雨降る降る南国に
椰子の梢にジャングルに
小糸のように雨が降る

土人の造ったこの家に
軒からみえる大空を
ながめて今日も一人事
北支の空がなつかしい

椰子の梢に露光り
月光白し南海の
夜を守るか友軍機
爆音かすか夜は静か

< 100 >
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碧空の残月淡く暁の
爆音しげし南の基地に

送り来し病の友はひたすらに
戦友によろしく別れを惜しむ

豚取りて戦友の食膳
賑わんと雨降る中を今日も
出で立つ

対空の監守に立てる兵長は
雄々しく立ちぬ戦友にかわりて

恐れねど病重なり頭痛む
鉢巻しつつ作業をつづく

五月二十五日

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一般に元気なし何故上の注意にも
かかわらず士気低きや
作業の無理か 栄養の不足か
否々面白くないのだ 元より
軍隊は面白い所でない 然れども
余りにも張合いのない現況だ
不平不満なき事が兵の本分
人としたら何の価値なき人が
上官なる故に威張る
組織の上からして全く矛盾
した事が当然とされる所に
軍隊の社会ばなれした
所がある

戦線の夕日はあかし山上に
白雲立ちて蜻蛉とびかう

< 102 >
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戦友
遠征の想出はるか
いさおしを
秘めて戦友の門出
かざらん

作業
建設の銃音
山野ゆるがして
平和に還る
戦鎮まる


爆音の止めて
黄昏る南基地

< 103 >
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基地
爆音のやみて基地空
星光る

日焼け
直射光日焼けの勇士
腕を撫す

作業
激労を軍歌に包み
兵還る

作業
一條の忠誠こぞり
厳を破す

愚作
五月二十七日

< 104 >
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日記 五月二十七日
月光が輝いていたのにさらさらと
小雨が降っていた。
爆音がするのに目覺む ああ夜明けだ
悪くない身体具合のためか
夜も眠れる様になったと安心する
中支のマラリヤに比して悪性とは
言いながらこの分だと全快早し
戦友が皆んな作業に出た後
久しぶりで兵器の手入れ
兵隊さんは何時迄も駄目だ
中隊長も入院
この頃の患者意外に多し
故郷の青葉の候を思うと
現地の気候はむしろ下り坂
幕舎も雨もりして雨期は
一番いやな時
故郷の便りが欲しい 誰もの
聲である 思い出して友に二通
手紙をかく

< 105 >
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秋訪
南の空にきらきらと輝く星は
懐かしき十字の光燦然として
君住む国は天然の恵み豊かに
海辺まで緑に包む地平線

椰子の梢の揺るる今日
波音あらき月の宵
想いとどかじ君の背に
祈る武運を誰が知る

独り淋しい砂浜に
君住む島の果てまでも
つづく海原かもめなら
とんで行きたい南国へ

< 106 >
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椰子の梢がさらさら揺れて居る
秋だ 遂近日まで夏で急に
訪れた中秋の様に涼しい
落葉の音も一抹の哀愁こぞり
南国の秋は何かしら感傷的だ
掘立小屋のこの兵舎できれいに
輝く星を見る 又暁の静けさを
破る爆音も裏の草むらに
なく虫の音も部や内でする様だ
虫がなく故郷の堤にきいた
懐かしい鈴虫が訪れ来て
昔の嬉しい歌をきかす様に
野鳥の鳴く音も急に
忙しくなった様に思う
故国の夏へと向うに比し
南回帰のこの島は秋へと
走り行く様だ

< 107 >
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かさかさと落葉ゆらぎて秋深し
空碧きて蜻蛉高き秋の暮
月影に立てる歩哨に虫ぞなく
常夏に一夜訪る秋の声


五月雨の晴れま嬉や蝉のこえ
夜毎降るスコールにくし天幕小屋
雨漏りに兵隊みんな丸くなり

雑詠
退院の戦友元気なり話もて
交代の友還り来ぬ雨やどに
病院の生活談も耳をかし
又来たか敵機は高しうわの空
爆弾の洗礼人を大きくし
うるさいと夜襲の敵に一ね入り

< 108 >
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無題 六月一日
『俺の家に来て宿んか』そんな馬鹿な
もう俺の家にとまる事なんだから
親友二人は今宵最後の別れを
共に惜しんで二人共家にとめんと
して呉れる
一人の友の小島君は実家であり
一人の友落合繁氏は間借り人
だけど友達としてその立入り浅きに
気が合うと言うか出征を心から
御苦労に思って呉れる
『小島君は 母もね心配しているんだ
陰気が悪い 葬儀屋に宿る
なんて兵隊さんの出征には死を
招く様だと だから俺の所に来い」
落合君の小用に行きし後
言って呉れた
本当に有難い友と母さんだ
落合君は最後の別れになる

< 109 >
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かも知れぬ一夜を共に添寝せんと
::ご馳走を作りたり 別れに
ふさわしい品々を準備して待って
いた。自分としても一寸迷わざるを
得ぬ立場になったその時
死が何だ男の約束だ例えこのために
別れになっても友情に対して背く
べからずと悟る事が出来た
児島君 母さんに有難うと言ってくれ
俺はそんな縁起を何とも思わん
一度しか死ねぬ人生だ 兵隊でこそ
立派な戦死だと一人の方をことわる
朝早く目覺めて故郷を発つに
際し餅を好きだけ食べ
別れて来た出征当時の事を
懐かしく思い浮べて興成丸の
遭難当時の不吉の夢をしみじみと
思い 友の情けうれしく
異郷に友の幸福を祈る

< 110 >
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出征の夢路はるかに
親友の情うれしく思い出づ
友の便りは着きねども
無事で暮らせと幸祈る

遠い海こえ山こえて
祖国を守る戦線に
故郷の友を思い出づ
別れの夜半の懐かしさ

想いとどかじ南国の
夜毎小雨の降る浜辺
あらなみ高き大洋の
彼方に夢む地平線

白いかもめに送られて
祖国の波止場船出した
去年の夏の今頃を
うれしくしのぶ戦線に

< 111 >
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六月二日
万天下の星が美しく輝いて
静かな晩だった ね苦しい床の中に
うとうととまどろむ故郷の夢
南国の星はきれいだなあ 北支の空の
様だと思う 今日も夜中に
爆音がする 喇叭がなった
又空襲かと思っていると頭上を
通過して行ってしまった
安心して眠ろうとした頃
二・三機案外低空して来た
来たな 誰もの感ずる瞬間
弾丸の落下するいみょうな音がした
椰子の梢をかすめる如く思われた
とたんに があーん があーん
連続約十発 宿舎南方
二百米付近に落下す
敵も中々やるわい 夜は敵の
なすまま寝床に送る空襲

< 112 >
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感情(生水事件)六・五
主義に合せざる故に人を解かず
何を以って之に報えん
皇軍の道義を解く上官に於て
然らずや
憲兵本然の軍に於て表裏を
以て人心を買わん事を善と
為す如き果して信頼に足るべきや
然らず否だ
唯軍は天皇親卒の元にあり
上官なるが故に従すと言えど
甚だ哀れなり
一意専心上官を信頼して行く
べき兵隊さんにありてこれに値せざる
為に不幸あり
如何に感情の動物とは言え
個人の感情に於て左右する如き
果たして忠なりやとうたがわざるを
得(え)ぬなり

< 113 >
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故郷を遠くはなれて生死を共に
誓う戦場に於ておや
軍の本義を知るが故に黙々として
動ずるも心服は及ざるべき
一旦地をはぎたる時彼の人格更に
有るべき我は今考するに
皇道に恥ぢざれば断じて
心安なり
信念強かれと祈る

勝てば官軍 負ければ賊軍
泣く子と地頭に勝たられぬ
無理も通れば道理ひっこむ

善處せよ 男子なり
怒は悪人足るべからず
唯この事によりて信念に
隙を生ずる勿れ

< 114 >
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想出 六月五日
昭和十七年七月五日 富士登山の感想を
ニューギニア戦線の某地にて
追憶しつつ 記す

山で疲れるからと車中で転寝して
いた 急の雑音に目覺めたら客は
どやどやと降り始めている
目的地に着いたのだ 吉田驛の
ホームを出ると急に涼しくなる
山に来たのだ 広場前の茶屋
富士見やにて登山準備
一行十二名 休日利用の楽しい
旅行である 登山杖もみんな同じ
様なのを幾本もみて求め
わらじを買う人 雨笠を求める人
気の早い組は土産を物色する
でも大方一時迄に完了
登山に向ふ

< 115 >
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若い者同志の事まして真夜中
どっちだどっちだ 大勢行く方が
そうだろうでおかまいなしの元気
さすがは名勝の地だけに夜中でも
茶屋は起きていた 然しどの店も
がらんとして商品だけが雑然たり
浅間神社に参拝 お礼を求む
杖に刻印をする これは登山には
落伍しない占いとか
この上には水もないとの事故充分
呑んだり水筒に入れる
用意の辨当をほどいて食す
腹も出来たとばかり元気旺盛
神社の裏で自動車にのる
定員二十五名の中に五十人もつめて
まるですし詰めこの車は新案
手ばなしでもころびません なんて誰か
言ったもんだから一度に賑やかになる
女の人は笑いきれぬ位だ
娘さんはうれしいやら悲しいやら

< 116 >
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一の茶屋で下りて歩く
余りぎっしりで足がしびれた為か
歩きだしにふらふら
渡辺君がおどけて六根清浄を
となえたので東京の娘さん
まあ ひょうきんだ事と大笑い
山を始めての連中故空元気
歩き方も非常に早し
山は雑木が繁りて暗し
日本一の山だけに道は立派だ
二の茶屋をすぎる頃高山植物が
ぼつぼつ
卯の花が白く道端に咲き香る
始め一緒だった女の人達も何時か
はぐれて見えざり
夜も白々と明け始めたり
背の木で雷鳥がないている
馬返しをすぎてどうやら山らしく
急坂となる

< 117 >
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見晴しの好い所で朝飯
木の根、岩の根に腰かけて包を
ほどく。皆んなのを取りかえて食す
通る人達も笑い乍らお早うを
かわす。娘さんには「どうですか」
なんて出すもんだから大笑い
まだ二合目で さあこれからと
リーダー格班長小林さんの言に
出発する 先頭は兵隊還りの
稲橋 落合 鶴見と僕
先に歩いては後の者を元気づく
どんどん先の人を追いこすもんだ
から 若い者は達者だねーと
羨ましそう
三合目の上で御来光 松の間合に
さし昇る陽光に おお
思わずもらす感歎
山の陽の出は格別なり

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五合目で杖に刻印す
富士北口五合目と焼印押して
上る この上は全然草木なき見晴
ここで一行記念写真を撮る
頂に雪白き富士を背影に
二列に並ぶ 誰も乍らすまして
おかしい
思い思いに撮る人々ありてさあ
これより岩道の入る
昨夜上り志客人がぼつぼつ
降り来る人あり お早うの
変りに御苦労さんをかわす
何時間で行けますか
まあ五時間ですね
すぐ頭上に見えて五時間とは
意外に思へど馴れぬ山路
少し行った所で電柱工事を
施しつつあり

< 119 >
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火山灰の急坂をのぼりて
頂上に着きしは正午近志
七月五日地上に於ては暑さ烈しきに
毛糸の下着を着てまだ寒し
土産物を商う店の前に日向
何のみえもなくごろごろと
うたたねしたり
途中で合いし子供がのぼって来た
子供でさえこの頂上を征服す
意思の強さに感す
頂上で噴火口をみる死火山

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Printed on 05/25/2024 12:19:04 AM